昨日訪れたジムで受け付けにきれいな花束があったので、

何のため?ときいたら、明日母の日ですよ、との返事。

 

そうか。あちこちのお店でも母の日を目当てにした、広告もある。

でも、まあ、躊躇が結構ある。

 

大学などで競争が激しい職場だと、女性が母になると、絶対不利なところがあるから、

同僚の女性でも母親じゃない人は沢山いる。

 

選んでそうした人もいるかもしれないけれど、

結果的に子供を産める年齢すぎちゃった人もいる。

 

長くかかって博士論文を終えた友人が、苦労を重ねて不妊治療の結果、子供は死産で、結果的には自然分娩をした。私と同じころの歳がいってからの妊娠だった。彼女は一度向こうから私の子供に会いにきてくれて、それから、連絡がない。気持ちはよくわかる。うちには子供が元気に育っているわけで。

 

先週夫が大学で母の日の記念の茶会をやったといった。一人、私ぐらいの年の女性の研究者と未婚の女子学生がいるけれど、実は参加者の女性には誰も子供がいなかった。夫は多分学生さんは、女性の研究者が子供をもっていると、仮定したんじゃないか?といっていたけれど。夫は女性研究者は旦那さんとともに博士論文で忙しかったから、子供はいないと昔きいたのを覚えていた様子。

 

多分、母親との関係がいい人ばかりでもないだろうと思うと、何となく母の日を公に祝うのは、

気が引ける。

 

女性だったら皆さん母親になっているわけではないので。

 

オーストラリアでも40歳以上の女性の場合、どうして子供を作らなかったんですかと、聞かれることが多いと新聞にのっていた。

 

アジアの社会には、結婚するなかでしか、子供を産めないような父系社会もあって、結婚しなければ、子供も産めない。母親になれない。でも、なりたくない人もいるはず。

 

自分は希望して母親だけれども、それを表に出していいのか、難しい日ですね。