自分で興味があると、どうしても、自分でやっていみたくなるので、

私は結構あちこちで、生徒さんになることが多い。

 

中途半端になっているものは、実は洋裁とゆうのか、ドレスつくりとゆうのか。

ミシンで洋服を作るとゆう作業。

昼間に専門学校ようなところでは、勉強できないから、本をかったり、ビデオ講座を買ったりした結果、どうしても、わからないところがある。型紙を治すとか、自分でデザインをするのは、どうしたものか。初歩的なスカートとかワンピースはできるようになったものの、今一つ、高度なものが作れない。

 

誰かに、体系的に教えてもらいたかったので、一人先生がみつかって、毎週一回通ったのが1年以上。ミシンだけではなく、オーバーロックする機械を持っていても、今一つ使いこなせない。

 

オーストラリアの私の住んでいる地域では、先生を探すのが難しかった。

結局私の質問にすぐ答えがでなくて、1時間かけてもうまくゆかない。時間はたつけれど

よくわからない。

 

生地とかに、興味がでたのは、東南アジアで非常にきれいな生地をもらったり、販売しているお店が沢山ある。そして、人々がお店で買うとゆうよりも、自分のデザイナーがいて、その人の好みに応じて、作ってくれる。だから、伝統的な生地がファッションになって経済が回る。

 

実は私のデザイナーになってくれて、仕事できれるきれいなビジネスのワンピを沢山作ってくれる人がいます。そうしたデザインの才能や洋服が作れる実力にとても憧れるけれど、キャンベラではどうしても先生が探せない。

 

テニスのスカートとかギター用のワンピースなどを、自分でできたらいいなあ、と思いながら、機械と生地をみるだけ。デザインの案は沢山あるのに。

 

昔,地理の授業で、日本の農村地では冬の仕事として、手工芸品を作ったり、刃物などの生産をしたと習ったのが頭に浮かぶ。確かに、製造業と文化社会が結びついているところが強い。

 

日本の職人文化の存在はギターの生産とか織物でもとてもよくわかる。オーストラリアは生産業、製造業が非常に弱くなってきていて、コロナで輸入が止まった時に、その、もろみがはっきりしてきた。職人になりたい人が減っているとゆうことらしい。

 

日本の職人製造業とゆう土壌は、とても大変であっても、続いてほしいと思うこと。