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(元)釜石復興支援応援サイト管理人の今

東日本大震災からまもなく8年が経過。直後から釜石市・大槌町の復興支援応援サイトを立ち上げてから、様々な立場から情報発信を行ってきました。現在は大槌町・釜石市で復興に向けて公私で活動を行っています。

おはようございます。


週末、1泊2日で釜石・大槌に行ってきました。



Hack for IWATE は 土曜日午後から、


大槌北小にある、遠野まごころネットさんにて。



震災後3回目のお邪魔で、


私は、具体的活動には参加していませんが、


仮設ネットカフェ構想や、


各地域で懸命に活動されている団体・ボランティアの方々と色々な情報共有・交換が出来るので、


毎回本当に勉強になります。




やはり、県外等で様々な経験を積んで、客観的な角度から分析した意見が飛び交うので、


地元の人間だけでの話し合いでは発想できないアイデアやプランが次々と出てくるので


いるだけで勉強になります☆





同時に


現状で家が被災した方、職場が被災して離職した方、もしくは再開を目指す方、


の意見を今後より集約出来たらなぁと思いました。


僕自身は


体調不良で、やや熱もあったため、


トンチンカンな意見も言ってしまったかもです・・・・






また、日曜日は釜石市平田の旧商業高校跡の体育館で


物資バザーを終日手伝ってきました。




当日の天気は晴れ。


冬なのでやはり寒いですが、


ここ数日の中では、比較的寒さの緩んだ感じがしました。



私は受付係。


本来であれば、前日から準備のお手伝いや


バザーでの役割の確認をするべきだったのですが、


体調を戻す事で精一杯でした。




当日の模様は、【和】~Ring Project~のHP、フェイスブックページや

いつかは仙人さんブログ、ボランティアの皆さんのブログなどでご報告があると思います。



僕は、写真を撮りませんでした。


暇がなかったのもありますが、


余裕がなかったです。。。。(汗)




印象的な事が一つありました。





今回、松倉の仮設住宅からバスを乗り継いで、来たおばあさん。


荷物をもって帰れないので、


夕方に私が物資を預り、届けて来ました。



今回の震災で旦那さんが亡くなり、


お一人で仮設住宅に入居しました。



現在80歳を超えています。




20分位会話しました。




色々な話を聞けました。



・行政の対応

・これからの不安

・亡くなった旦那様の事



でも、最後は笑顔を振り絞って



『ありがとう』


と笑顔で言ってくださいました。




きっと心の中は



色々な感情がぐちゃぐちゃに入り交じって、


それでも、気丈に、


そして、他人を思いやる心が優先して


笑顔を作ってくれました。




寒さもありますが、


心の面でも、


体を壊してしまうんじゃないかと、とても心配になりました。



帰りの道中、おばあちゃんの笑顔が忘れられませんでした。