手足の感覚が麻痺している。
最初は手足だけでなく、
首から下が完全麻痺の状態だった。

自分の身体なのに、どこも動かない。
どうなっているのかさえ判らない。
何かの拍子で、腕が身体の下敷きになっても、
そのことが判らないし、戻すこともできない。

療養士が二人、私の担当になって、
毎日、熱心に、
多い時は1日に何回もマッサージしてくれた。
最初のうちは、主治医も何回も顔を出してくれた。

そういう周囲の腫れものに触れるような雰囲気に、
「ああ、私って、相当な重症なんだ」と自覚してしまった。

何も判らないと言っても、痛みを感じないわけではない。
腕の上腕筋のあたりが猛烈に痛かったり、
足のふくらはぎのあたりに激痛がはしったり、
それでも、自分ではなにもできない。
看護士や療養士になんとかしてほしいと頼み、
マッサージをしてもらうのだが、それがよく判らない。
感じないのだ。
もどかしい気持が極限になった。

私の手を療養士や看護士が触っても、触っているのが判らない。
指を曲げて貰っても、自分の指ではないような感じがした。
手がプラスチック製のグローブで覆われているような感触だった。

「これって、リハビリを続けたら、感触が戻ってくるんですよね?」

私は、すがる様な気持ちで療養士に訊いた。

「・・・うーん・・・、感触は判る様にはなるとは思いますけれどね・・・」

彼は困ったような顔をして答えた。

「リハビリでは痺れや麻痺は治らないんですよ」

あれから1年6カ月が過ぎようとしているが、
あまり状況は変わっていない。

薬のおかげで、凍えるような痺れと痛みは、
相当程度、抑えられるようになった。
でも、薬の効果が切れたら、酷いことになるのは、以前に書いたとおりだ。
つまり、何もよくなっていない。

先日、元勤務先の同僚だった方が、お酒を携えて見舞いに来てくれた。
事前の確認があれば、お断りしたかもしれなかったが、
・・・いや、そういう方ではないなぁ、
豪快で磊落な方だから、私が何を言おうと来られたろうなぁ・・・
そういうわけで、久しぶりにお酒をいただくことになった。

夕食前だったから、薬を飲むタイミングを失ってしまった。
盃に5~6杯くらいだろうか、私自身がいただいたのは・・・。
それでも、久しぶりのお酒に、かなり酔ってしまった。
だから、就寝前の睡眠薬も鎮痛剤も控えようと考えた。

薬を飲まないと、痛みや痺れが酷くなることは承知していたが、
お酒を飲んでいるから、大丈夫ではないかと思ったのだ。

こんな状態になる前も、
寝る前に、このくらい飲めば、熟睡できたから・・・。

これは、完全な間違いだった。

眠ろうと横になったが、身体が、特に四肢が凍えるように痛む。
それが、次第に強くなってくる。
1時間くらい我慢していたが、それが限界だった。

這う這うの体で寝床から起きだし、
キッチンの蛇口まで辿り着くのが大変だった。
映画のサイレント・ヒルに出てくるゾンビみたいに、
よたよたとよろめきながら、懸命に歩を進める。
ぶるぶると震える手でコップに水を汲み、
必死の形相で薬を飲む。
傍で見ている人がいたら、何事かと思ったことだろう。

リハビリも退院当初は、月1回から2回だったが、
間隔が開くと、身体の痛みや痺れが酷くなるような気がして、
なおかつ、身体が動き難くなるのが判り、
週1回とした経緯がある。

身体が全く動かなかった当初の状態を0とすると、少しでも動けば、それは∞だ。
身体が動き始めて、私は有頂天になっていた。
「きっと元通りになれる」

健常者の状態を100としたら、今の私は、どのくらいなんだろう。
多分、10か20くらいだろう・・・もっと低いかも・・・
手拭いがちゃんと絞れない、
ワイシャツのボタンの留め外しができない、
頻繁に手足がぶるぶると震える・・・いわゆる反射だ・・・
必要に迫られて、やっとのことで部屋の中を伝い歩きするが、よく転ぶ。
足ががくがくするので、継続的に立っていることは不可能だ。
重いものは持てず・・・5キロが限界だ。
手足の動きが捗々しくなく、トイレに間に合わないこともある。

そもそもリハビリは、
身体が固まって動かなくなることを防ぎ、
耐えがたい痺れや痛みを緩和するために不可欠なのだ。

しかし、
そのための通院は、手足の不自由な私には、
肉体的にも精神的にも大きな負担となっている。

ああ、なんとかして、この状況から脱却しなくてはいけない。
激痛をともなうリハビリを続けているのは、
その強い思いから・・・
それだけなのだ。