演じ手さんがよく使う言葉が“emotional”なんです。
エモーショナル。私だけかなぁ、違和感ない?

お芝居というのは世界を一枚の板の上にのせてみる行為だけど、
自分のことはさておき残りの全てを俯瞰してみるというのは
もしかすると神の視点にも近いのかなと思ったりします。
山とかタワーとか高層ビルから下を見て、
「車ちっちゃい!」と笑うのも同じ種類の匂いがしますが
「あれもある、これもある」と全体を見渡して、
ショッピングをしているような
可能性をとにかくPost Itへ書き出しているような状態。
グローバルな向上心を掻き立てて
地球儀をカタログのように眺めるとき、
自分の目は地面の遥か上を飛び回っています。
オムニバス形式のお芝居だとこれがさらに強調されて
全体のトーンがクールで引いた印象になるから
Emotional。。。そうかなぁ?と。

高校生の時、留学することを思いついてから、
「アメリカへ留学した自分が、わが町札幌へ思いをはせる。」
という想像をしてみたことがありました。
頭の中で映画みたいなズームアウトが起こって
目の前の日常風景がぶぉーーんと遠くへ飛んでいって、
急に「世界の中の、ひとつの町」に変わりました。
うわぉ!って思いました。
で、アメリカ全土MAPを開くのは もちろん楽しいんです。
行き先を絞るにつれて、その州その町の拡大地図に移行して
どこかの街角がドアップ風景になって目の前を埋め尽くすと
意外とそこで、立ち止まりたくなる衝動が起きる。
ほんとにそれでいいの?って。
話が具体的になっていくと、
ひとつに絞ることに恐れを感じたり
「苦しい」とか「つまんない」とか
ワクワクできなくなったりするじゃないですか。
こういう視野のズームアウトって場所だけじゃなく、
新しい何かを始める時も起こるように思うんですけど、
観客や神のやっていることがショッピングだとすると
目の前ドアップの町に住まうのは、「生きる」ことそのものです。
上から見ると些細で愚かでどーでもいいような出来事に
心を揺らして一喜一憂して命をかけて戦うことって
つまるところ客席から身を起こして「生きる」という事ことだし、
役者さん=町の住人にとってはemotionalなのかもしれないな。

一番好きなミュージカルを聞かれたらレミゼって言います。
命のくだらなさに付き合って、その煌めきにボーっとなる
彼らの、見えぬ明日への祈りを勝手に受け継いでしまう
映画版がすごく良くて、3回観に行きました。



