理由を聞くのでもなく、処方箋のようにミルクを温めるのでもなく
ただ単にふわっと包んでくれたのがすごく良く効いたのを
時々、その衝撃と共に思い出すようにしています。
ちょっとそれに近い感じ?

信仰であるとか ナチスだとか 民族だとかという
今の私たちが得意とはいえない重~いテーマを持つお話とはいえ。
きこえるわ
あぁサウンド・オブ・ミュージック
なつかしく よみがえる
耳なじみのあるメロディーにのり、
私たちの前にあの緑の風景がまさによみがえるようなオープニングは
ファールぎりぎりのやり方で、観客を子どもへ戻してしまったようでした。
ナンシー関さんが、「歌う」というのは
食欲や性欲と並ぶヒトの基本的欲求だと言ったらしいですが
もう心が笑って歌って踊って、涙を流すのをやめないのです!
多くのお芝居やミュージカルにおいて、
表現を押さえつけられた世界や、
歌い踊る自由のない時代のことが語られます。
歌えないことがどれほどイヤな事かなんて さほど実感はないですし、
「踊るな」より「踊れ」と言われたほうがきっと困るんだけど
Sound of Musicって言葉、どう訳すのがいいんでしょうね。
ミュージックの・・・あのサウンド!なんて
音楽への愛と感謝があふれてないと出てこない言い方じゃないかな。
歌い上げるようなタイトルに負けないくらい、歌声が美しくて
音が鳴るたびに、其処個々でパァっと光が差すようでした。

抑圧されたとき、人はどう動き、何を求めるか?
解放。救い。美しいもの。希望。
要は具現化すると”Sound of Music” かも知れないなぁと
なんか納得させられてしまいました。
歌を知らず、厳しい規律で抑えつけられた子供たちが
ドはドーナツのド、と教わって はしゃぎはじめる時や
マリアさんが○○ちゃんはこういう子で、○○ちゃんはこういう子、
と一人ひとりを見つめ、一緒に家じゅうを駆け回るとき、
希望が注がれる瞬間を目の当たりにしたような感動を覚えました。
話の筋は知ってるわけで、3年前に観たときなんかは
まぁ無難な作品だこと!と思っちゃったのですが
何が変わったのか、すごくすごく心を持っていかれました。
「歳かな」と言って笑いました。わはっ。