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最強である。とも言える。

〜好きなことをしよう〜

相手は鉄壁のディフェンス。

誰かがゴール下に入った瞬間 ビッタリ守られるし

あらゆるパスコースも封じられていて

なんかもう、絶体絶命みたいに見える。


バスケがヘッタクソだった私は闇雲にパスを出して

当然のようにカットされました。


じゃあどうすべきだったのかと考えていて、

そこで学んだことは、じぶんなりに衝撃的でした。


最強である。とも言える。-can patch


簡単に言うと、みんなを動かせばいいんだよね。


ドリブルでゴール下へ切り込む。

ゾーンの一角にいるディフェンスが、自分を止めに来る。

代わりに空いた味方へパス→その子がフリーでシュート。


つまり、バスケがうまい子は

自分が動けば周りも動くことを 自然に知ってるってことで

固いディフェンスを遠くから見て あぁダメだ・・・と思わずに

自らが作用点になって変化を起こすみたいなことを

経験から体得していったのだろうと。


・・・大袈裟?

最強である。とも言える。-pantry


無理だよそりゃって、それはそれで本当なんだけど

1つずつ切り崩していけば 意外と難しくなくて

ただし一歩目は、敵に止められるための一歩なのだぞと

これは学習して良かったなぁと思うのです。


「計算」とか「犠牲」の話ではなく、

単なる「進化の一例」として、しっかり覚えておこうと思います。


最強である。とも言える。-pantry


・・・大袈裟?

躍動感と疲労感が交互に押し寄せる1時間45分。

短いのに、観ているこっちまでヘトヘトになる。

この滑稽で 感動的で 哀しい群集劇は

古い作品だけど、いま観ても斬新です。


最強である。とも言える。-jiyu


イエスキリストを語るにあたって、

「群衆が主役」という考え方は自分にはわかりやすいです。

誰よりも"普通"の人だったという言い方もアリだと思う。

ジーザスは強烈な個性や魅力があったのだろうけど

どうも・・・受け身?


「ファンもスタッフも合わせて僕たちです!」

みたいなことをアイドルの人たちはよく言いますけど、

"キリスト"というのも、もう個人というより集合体だから

彼に群がってコンセプトを完成させたのは"民衆"だとすると

「そんなにたくさんの人を熱狂させるジーザスって一体誰!?」

というところで、彼を称える当時の人々と目線の高さが一致して

自分にも 壮大な人間ドラマとして理解することができました。


最強である。とも言える。-jiyu


ジーザスを出されるとやっぱり突出してるけど

昔の人のお話ってたいがいドラマチックで

歴史の観点からみると、ただの点のようなイベントでも

ひとつひとつを一生懸命生きていることに感動するというか

冷静にブログとか書いてる自分に反省するというか。。。


誰にケンカ売ってんだろうかと心配になるほど

若々しく、挑戦的な舞台です。


今回は衣装と音楽を和風にアレンジした歌舞伎スタイルで

これから始まるのが、もっとリアルなエルサレム版。

どちらもカッコいいです。


2階の最前列で観てたんですが、

民衆に目線になれたほうが迫力あるので、1階席が良かったかも。

観に行く人は、珍しく休憩がないので 開演前のトイレを忘れずに♪

新たまねぎは 蒸してもウマいんだ!


そのままの野菜を食べたくなったので

でっかく切って、蒸しました。


最強である。とも言える。-steamed


明日の記憶 」という大好きな小説がありまして

それを読み返していたら、

山で野菜を焼いて塩で食べるシーンがあったのです。


アルツハイマーにかかったお父さんがぁ~

嫁いでいく娘のために夫婦茶碗を作ってさぁ~

仙人みたいな人と朝までかかって山で釜焼きして~ 



だから、本当は焚き火したかったんだけどね。

ウチのすぐ斜め向かいくらいに消防署があって

煙モクモク出したら怒られると思ったので

おとなの判断で、蒸したんです。(ほめて)


最強である。とも言える。-and eaten


新じゃがと新たまねぎとナスビと小松菜ともやし。

味噌にレモン汁を入れたやつをつけたら美味しかったけど

本のマネして粗塩をふったら、そっちのほうが好きだった。


塩がミソでした。ややこしっ!