「実践!」て感じの夏を過ごしました。
日常生活において、私たちは様々な「やくわり」を与えられます。
自分が選ぶこともあるし、誰かに任されることもある。
「その役は、やだぁ。私っぽくないもん」と拒否することもあるんだけど
「自分だったらどう貢献できるだろう?」と挑戦することは
自身を偽るどころか、広がりさえ与えてくれる気がしています。
お芝居というものは 演じる側のためにあるんじゃないか?
という想いが近ごろ自分の中で育っているのも、
お芝居に エンターテイメントを越えた醍醐味があるとしたら「その役をどう生きるか」ということを疑似体験できること、だからです。
ドラえもんの映画で、
のび太くん達がタイムスリップ、あるいは別世界にワープしちゃって
そこで出会う人々が、実は自分たちそっくりの姿かたちをしている・・・
みたいなシチュエーションがよくありますよね。
あれって、そういう「私」の話の、ものすごく上手なメタファーだとすると
どの時代や星にでも、どういう社会的立場であっても
「あなた」は存在している。「あなたらしい」表現や行動や想いはある。
---じゃあ、私だったらどうする???---
そういうメッセージとして考えると、めちゃくちゃ面白くないですか。
つまり "何をするか"とか"どこにいるか"じゃなく、
"どう対峙するか" が 「私」を定義づけるのではないかと。
よく役者さんのインタビューで語られる「役を生きる」という言葉の意味も
もしかすると そのへんがヒントかもしれなくて、
だとすると "演じる=演じないこと"? うーむ。。。
言葉遊びじゃないんです。「実践!」の夏だったのです。







