最強である。とも言える。 -10ページ目

最強である。とも言える。

〜好きなことをしよう〜

この絶唱フェイス、、、大丈夫ですか!

カメラが入ってるの忘れてるでしょう!


鍛練を重ねている人が、"全力出してなんぼ"の次元で闘っている

ということに、すっっっごく感動しました。


「オペラ座の怪人」は、ロンドン初演から25年が経って

大きな大きなホールで、イベント上演を行いました。


こっそり大好きなあの音楽が、いや、あの「調べ」が
でっかいアリーナで鳴り響くわけです。

あっはー気持ち良いわぁー。


オペラ座の怪人というのは、そもそも壮大な話ではなくて

ある劇場で ある時代に起こった、

ちょっとおかしな事件をめぐるラブストーリーです。

一大スペクタクル~みたいな作品とは少し違う。と、思う。


そんな小っちゃいお話のイベントが海を越えて

日本の映画館の大スクリーンで観れちゃったのだ。

あっはー気持ち良いわぁー。


ウマい役者さんたちは、

声の出し方とか身体の使い方とか、

様々な訓練を積んでるんだと思います。


幕が開けば、そこはプロの仕事なので

「うわぁ~練習したんだろうなぁ~」みたいな余計な事を

考える隙はないのですけど


選ばれし、素ン晴らしいキャストの皆さんが

日ごろのトレーニングとか技術的なことの全てを

ぐっと飲み込んで 解き放たれたみたいな


ふつう、目の前で絶叫されたら不快じゃないですか。

彼らが絶叫すると、目の前の8000人が涙するのです。

果てはスクリーンの向こうにいる私が、感動するのです。

すごい人が頑張ると、すごい事が起きるんだなぁ。


スゲエ技術を身につけるのは

少ない努力で同じ結果を出すためじゃなくて

スゲエ結果を出すためなんですね。


何度も観てきた「オペラ座の怪人」、

登場人物の気持ちや人柄に まだわからない事があったんですが

いくつか解けた気がしました。

DVD買っちゃったよ~。


ロンドンのクリスティーヌは凄いらしい!



「ここには明るい雑貨屋しかないから。」


吉祥寺アトレで、

世間をはにかみ倒したような男子学生2人が

こんな名言を吐いていました。


明るい雑貨屋!わはは!



彼らの言う「ここ」というのが

アトレのことなのか、吉祥寺のことなのか

世の中ぜんぶを憂いていたのかは定かでないけれど

いやーまったくだ。ほんとにそうだ。



最強である。とも言える。-sigh



働き者で有名なアリさんですが、

アリさんの中にも、怠け物がいるんだって。

怠け物を排除すると、別の怠け物が現れて、

けっきょく怠け物というのは常に同じくらいの割合で存在するらしい。


何かの、マイナスに見える点に対して

ここがこうなれば良くなるのにー!

と思うことは、多々ある。


「悪いところを排除したら、事態は良くなるでしょうか?」

「YES!!!」


そういう考えに基づいて社会は動いていると思います。


職場の中にいる 優等生と劣等生。

仲間内の あの子。

自分の中の 長所と短所。

あるいは誰かの 長所と短所。


部分ダイエットにしても リストラにしても

“全生態系”の話なんか持ち込んだら、何も進まないのです。


さて、昔から有名な「ジキルとハイド」というお話は

つまるところ、ヒトの二面性の話です。


聖職者にも 善良そうに見える政治家にも 裏の顔があって

正義感あふれる若い学者でも、心の奥深ーいところでは

自分をこき下ろす輩を「殺したろか」と思うほどに憎んでいる。

婚約者がいるけど、お店の娘にも惹かれる。


では心の中に潜む"悪"を消し去る薬があったら

世の中はよりよく変わるでしょうか?


「No!」


そういう単純なものでもないんだぜぇ、というのが

ミュージカル ジキル&ハイドから受けた主張です。

芸術やエンターテイメントにおいては

こっちのほうが普遍的だとしても、


もともとは、多分もっと心理学的な根っこをもった話なんだけど

今の社会構造とか問題解決の話に置き換えてみると

なかなかアグレッシブな作品じゃないでしょうか。


実直なジキル君が、悪魔のようなハイドさんに化けたとき

「自由だーーー!」と叫んだのが印象的でした。


そういえば バカ殿様や変なおじさんだって

志村けんさんの願望をそのまま具現化したキャラクターでしょう。


心の中のバカ殿を 飼いならす方法ってあるんですかね。


観たのは1か月以上も前だけど、まだ音楽が頭に残ってます。