展望 | 最強である。とも言える。

最強である。とも言える。

〜好きなことをしよう〜

電車で、隣の人が眠りこけて 寄りかかってきたとします。


ビックリと迷惑が入り混じるのは それが想定外だからであって


たとえばドナーの意思表示みたいに、

「いざとなったら肩を貸します」というチェック項目があったら。

あるいは妊婦さんのバッジみたいに

「どうぞ寄りかかってください」というバッジがあったら。


つまり、そうなったらどうする?と事前に考えておくことができたら

「ヤダ。」と結論を出す人は格段に減るんじゃないかと思うのです。


最強である。とも言える。-midori


そもそも電車の中で、疲れて眠ってしまって

コクっ・・・といってしまうことが「あり得る。」ということくらい

本当はみんなわかっていることですよね。


社会人からカムバックして 大学の講義なんかを受けにくる

オトナたちの 違和感ある初々しさとかー


予告編をみて、だいたいわかっている映画を観にきて

あ、ここで笑うんだな。そして最後はホロっとするんだろうな

みたいな空気のシナリオに従ってしまう感じとかー


締切直前の慌ただしさにイライラしたりとかー



どうして初心者のフリしちゃってるんだろう。。。

みたいな自己嫌悪、ないですか。


そういう想定内のアクシデントに一喜一憂することが

とても良いことにようにも思えるし、諸悪の根源だとも思える。


ただ自分の心が望んでいるのは、

「本気でビックリする」 ことなんだよなぁー。

青いこと言っちゃってるかなぁ。


よくよく考えたうえで、

「これ、どうなっちゃうんだろう!?」と思えることに照準を絞って

今年の秋を過ごしてみます。