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☆心の種☆きらきらnurse conamiの足跡

看護師になって8年。あることがきっかけで、これまでの看護観を見直すべく、看護学生時代からこれまでの足跡を綴ります。これから医療者となる方は勿論、現役nurseの皆様、そうじゃない方も読んで頂けたら嬉しいです。

等々実習が、始まった。


受け持つことになったのは、自分の母親と同じ年代の物静かな女性だった。

病名は胃ガン。

幸いにも、快く学生である私の実習に協力してくださった。


沢山実習中お話をした。
ご主人とも娘さんとも。


とてもなかのいいご家族だった。



実習期間は2週間で、沢山の学びをその患者さんに頂いた。
実習中レポート提出で、病院の指導者である看護師からきつい評価があり、落ち込んだ。

実習担当の教員に相談したときの一言。




「あなたを評価するのは、教員の私ではない。病院の指導者でもない。患者さんだから。それは就職してからもだから。絶対に忘れなさんな。自分を評価するのは、絶対に患者さんだってこと!」



本当に情けなかった。


そうだった。



思い知らされた。




思い知らされて、深く刻まれた言葉。





この先ずーっと忘れちゃいけない言葉。





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看護学校には、病院に出向いて実習をするというカリキュラムが必ずあります。

自動車学校でいう路上教習のようなもの。

その実習が、学生時代には本当に苦痛で、それが原因で看護師になるのをあきらめる人もいるほど。

受持ちの患者様を病院の学生指導にあたる看護師が決めて、学生である私たちが看護計画たるものを立案して、実際に看護を行うというものが、実習の概要。

実習も単位に含まれるため、評価が悪いと留年になったりもする、いわば、国家試験前の最大の山場なんです。

そんな実習を控えたある日のオリエンテーションの話。



看護学校の教員の実話です。


「みんなは、実習に対してきっと苦手意識を持ってるとおもう。先生も学生の頃はそうでした。苦手意識を克服するのは大変な事だけど、発想の転換をしてみて。嫌だ嫌だと思ってると、学びはありません。どんな看護師になりたいか、創造してください。先生が看護師として働いていた頃のお話です。夜勤で卵巣がんの末期と診断された30代の患者さんを受け持つことになって、自分と歳も近いし、どういう風に接すればいいか迷ってたの。まあ検温して、当たり障りのない会話をして、ナースステーションに戻ってきたの。で、一緒に夜勤をしていたスタッフが、その患者さんのとこにいってくるって。先生はそのスタッフのことが苦手で。凄く厳しい人でね。一緒に夜勤するの嫌だと思ってた。なかなかその患者さんの部屋から帰って来ないから、どうしたのかなって思ってその部屋へ行ったら・・・その患者さんを抱き締めてた。そして患者さん号泣していた。その光景を見たとき、患者さんが心を許したのは私じゃなくて、その先生が苦手としていたスタッフだったんだって涙がでた。そんな看護師にみんなも成長してほしいです。そんな看護をしてもらいたいです。」と・・・・


その話を聞いて、涙がでた。


遊びたい盛りだった18歳の夏。

純粋な気持ちで夢にひた走る自分がとても懐かしいです。







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あるお母さんとの出逢いで、私、ブログ趣旨を変更しました。

一応詳細は、相手の方もいらっしゃる事ですので、伏せさせて頂きますが。



看護感見直します。
これから、ブログタイトルも変更しようかと試案してますので、宜しく御願いします。



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病院でのアルバイトをはじめて、1年近くたったある日のこと。


凄まじい、度肝を抜かれるある事件に遭遇した。

自殺を図った患者さんが運ばれてきた。



学生をしながら、学費を稼ぐためにバイトを始めたけど、もうだめだと初めて母親に泣きついた。



もうこんな仕事につくの辞めたい。
こんなことが続いたらもう精神的にきついよお・・・・


私の母は、一言、
「もうだめだ、思う向こうに道があるんよ。誰か偉い人がいいよったわ。看護師でもそんな貴重な経験出来んから頑張ってみなさい。辞めるのは簡単。続けるのは困難じゃけんね。」


明言チックなことを母は、よく言う。
だけど、わりと著者不詳だったり、忘れていたりと詰めが甘い。


だけど、不思議と納得させられる。
説得ではなく。



病院に就職して、曲がりなりにも後輩の指導者となった。


上手く仕事が出来なかったとき、彼女は、「先輩、私は看護師に向いてないです。もう辞めたいです・・」



私は、「もうだめだ、と思う向こうに道があるんよ。一緒に頑張って見よう。」



お母さんが、私を救ってくれたみたいに、後輩の力になれたかな?







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つい先日、学生時代にバイトをさせてもらっていた、病院の総師長さんが亡くなったと、新聞のお悔やみ掲載欄に教えてもらった。


まだ70代、もう70代。

お世話になってたのは、かれこれ、10年位昔の話。


お悔やみ掲載欄で、亡くなったことを知ることに少し切なさを感じつつ、師長さんの思い出にふけってみた。


出会いは事務室だった。

私→「今日からお世話になります。
   宜しく御願いします」



師長→「向いてないと思ったら、
    さっさと見切り付けて辞め
    てくださいね。」


って、いきなり初対面でいう言葉??!


この人これでよく今まで看護師人生歩んでこれたな。っておもってた。


インフルエンザにかかって40度の熱があったときも、自分の体調も管理出来ないで、看護師になりたいなんて呆れるとか言って、労ってももらえなかった。


本当に当時の私は、そんな師長さんがこの世で一番嫌いだった。



看護師になってみて、気が付いた。



向き不向きは、どんな職業だってある。だけど、私たちの仕事は、不向きでした、ごめんなさい。で言い逃れ出来ません。

それは、命を預かってるから。





新人の頃、寝不足で、仕事に出たら、患者さんから、大丈夫?と心配そうに尋ねられた。

指導者のセンパイに、こっぴどく怒られた。

患者さんに心配してもらってどうするの?
新人でも白衣を着てたら、1年目の新人だろうが、5年目の中堅だろうが、そんなもん、関係ない。
看護師は看護師。
仕事もろくに出来ない半人前なんだから、体調管理位しなさい。・・・



どっかで聞いたことあるな。

あっ、大嫌いな人が言った言葉だ。



それなのに、今も深く心に刻まれています。


師長さん。あの時のあの言葉が、今の私の元になってます。


私もいつか、誰かの心に響くような声かけが出来るよう成長したいです。


どうぞ安らかに。



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