好きだと思う人ができて私は変わってしまった。

今思えば毎回そう。自分は自分しか助けてあげられないのに、自分は自分しか寄り添ってあげられないのに、平気で自分を傷つけてしまう。自分を苦しめてしまう。自己犠牲の行動を繰り返してしまう。

そして崩れて全てが関われない場所へ堕ちていく。

恋愛だけでなく対人でよく昔はなっていた。

…が、あの時の私に会いに行き抱きしめることを何度かするようになってからは対人での自己犠牲やそもそも自分を傷つけるような人と出会うことは無くなっていた。


それから何年も何年も月日が流れ、好きだと思うような人ができて私は自己犠牲をしている。私が悪いの、ごめんねを繰り返しているうちに相手も"あなたのせいで"と言うようになり、自分自身に"私が悪い"という過去のトラウマそのものの烙印を何度も自分に押す。その結果涙が溢れて胸が苦しくなる。そしてこわれる。


こんなことをしている時間が私にはあるのか?


こんなことで苦しみ、地球の、宇宙の綺麗で美しい軌道から外れて晴れた空に背を向けていていいのか?


今は自分の抱きしめ方がわからない。


ただひたすらに泣いている自分を見ていることしか出来ない。


なにをしても無駄な時間を過ごしているような

そんな気がしてしまう。


どれを選んでも正解なはずなのに

今はどれを選んでも不正解な気がしてしまっている。



こんな時のために先人たちは音楽を残してくれたんだと頭ではわかっていても今は何も出来ない。


今こうやって苦しんでいる同じような人を私は助けたいとここから思っているけれど、私自身は誰が助けてくれるんだと気づいた時

本当に助けが必要なのは私自身なんだから私自身に向けて歌を歌って、私自身に向けて行動すればいいのではとやっぱり再認識した。


抱きしめ方がわからなくても、寄り添い方がわからなくても

否定せずに自分が心躍るものを見つけることが大事なんだとおもう。

 

今はなにをしても心躍るビジョンが見えないので

とりあえず休むことが大事なのかな。