とうとう口からモノを食べていい日がやって来た。
その前から、水・お茶・飴はOKで、それ自体凄い進歩だったが、
食・べ・物・・・・![]()
魅惑的な、響き・・・
イランに、
「ご飯はまだ先ですか
」
と聞いたら、
「今夜からどうぞ」
みたいな、、、早く聞けば良かった。
でもその夜、ホントにそれらはやって来た。
重湯・オレンジゼリー・ジュース。
入院時、病院食はどうせ味が薄いだろうと、持参してた食卓塩を思い出し、のたのたとロッカーに向かい(まだ点滴は外してもらえない)ボストンバッグの底からそれを取り出し、いそいそとテーブルに乗せた。
「いっただっきま~~す!!!」
無言だった。
多分初めて食す、重湯たるもの・・・
こんなにこんなに、美味しかったとは![]()
これから毎日重湯でも、よい。
塩味なんて、まっっったく必要なかった!
唇・口の中全部・喉・食道たちが、ありがとうと言ってる。
堪能に堪能を重ねて食べ終わると、次はオレンジゼリー。
うまいっっ!!!
オレンジゼリー様よ…
この世にこんなうまいオレンジゼリーがあったとは・・・・・・・・・・・・
食べ物一体何十年食べて来たんだろう・・?
こんな美味を知らずに来たとは不覚だった。
しかし向かいのKさんは 、もう口からモノが食べられない。
Kさんは手術でお腹を開けたが、癌は、ベテラン医師の手をピクとも動かす事を許さず、お腹はそのまま閉じられた。
Kさんの頭上には白く濁った液体があり、点滴で入れられてた。
あれを私は、ご飯などの食事成分を液体にしたものだと思っていたが、今思うと抗がん剤だと思う。
普通の点滴は別にあったし…
Kさんはしかし明るかった。
私が涙を流してご飯を食べるのを見て、喜んでくれた。
「ミラさ~ん、もう退院しちゃうの?」
「まだまだ~!!!」
「よかった!」
「最近宇宙人先生、いい人になって来たね」
「ふふふ、老い先短いからじゃない?」
「そんなこと言っちゃ、ダメ!」
Kさんは結構シュールだった。
中学生の息子さんが来て、帰った途端、
「でぶでしょ~~?」
女友達二人組が見舞いに来た。
Kさんに、「痩せたね…」と言ったきり、会話が進まずKさんが早めに帰してしまった。そして言う。
「ドン引きしてたね(笑)」
患者は意外とここまで来たら、自分の外見なんてそんなに気にしなくなる。
私もガリガリに痩せていて、見舞い客もどう思ったか知らないが、どう思われようとどうでもいい。
脛毛が渦を巻くほど成長しようが、髪が鳥の巣みたいになろうが、そんなことは鼻くそより小さい。
(脛毛は、見るに見かねた妹に剃られた)
一番の心の変化は、見舞い客から見た患者は、見た通りではない、という事に気づいた事だ。
私が見舞い客の立場だった頃、ベッドの中の弱々しい相手にまずひるみ、それから「思ったより元気、思ったより大変そうじゃない」、そんな事を連呼し、早く退院、と言う風に話をもって行ってた。
完全な勘違いだった。
患者は、見舞いが、健常者の想像以上に嬉しい。
しかしそれは、励ましが欲しいからじゃなくて、暇つぶしに最高だからだ。
元気な見舞い客を見ても、
「外は寒いからって、そこまで着込むなんて、ご苦労だなァ…」
みたいな感覚しかなくて、うらやましいなんて思わなかった。
人によったら、退院しないでこのままがいい、って人も多かった。
急に現在に戻るが、それから私は、
「お見舞い」
が大好きになった。
どれほど喜ばれるか(暇つぶしに)と思うとこっちも来た甲斐があるし、さらに自分の経験を話せるので、こっちも楽しい。
皆が思うほど、入院患者は暗くない。
その見かけとは裏腹に、人間って強く、したたかでたくましく、そして簡単には死ねないのだ。
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