激痛が少しおさまると、痛みに加え、体中の違和感が私を苦しめた。



とにかく、まず管が体中に刺さっているので、寝ていても左にも右にも動けない。

その全ての管も、動くと少しずつ痛い。

鼻から胃への管の違和感は、その中でもナンバーワンだった。



少し歩くことは出来るようになっていたが、サイドにつながってるアンプのような機械のコンセントを抜かねば、2メートル先にも行けない。

そのコンセントを抜くのに、5分もかかる。



レントゲンを撮るにも、一苦労。

まず、台の様なところに座り、それが少しずつ平行になり、ようやく撮れる。

そこに行くのも、もちろん車椅子。


おじいさんや、おばあさんに、どうしたんだ?!と言う顔をされながら部屋に戻っても、ベッドの頭の高さ、足元の高さを調整してもらわないと、違和感で数分も我慢できない。



看護師との戦いだった。

痛み止め、おくんなまし。

実のところ、痛み止めを使うほどの痛みではなかった。

寝るためだった。

寝てるときだけ私は生きていた。



人間の体と心は別だと知った。

体が、

「私、ここにいるよ」

と、ものすごい勢いで訴えてる。

忘れてたでしょ?あんた、と。

ついこの間まで、何も考えずに走り回ってたのに。



私は凄い寝相の悪いほうで、寝返りしないで寝る夜はない。

なのに、仰向けになってるしかない状態。




ある日私はアンプのコンセントを抜き、窓に向かった。

回復室なら、窓全開かも。

飛び降りようと思った。

しかし、窓は病室と同じく10センチくらいしか開かず、しかもアンプと道連れでは、窓の高さまで登るのは、とてもじゃないけど不可能だった。



若いから、余計違和感に耐えられない、とも言われたが、(小さい子供は、点滴の管を無意識にむしり取っちゃったりするらしい)


「ちょっと、心が弱い・・」

女医がイランにこぼした。


でも、

「体は強いけどね」

と、イランは笑顔を向けてくれる。
イランは、心療内科に連れて行こうとした女医を止めたそうだ。

そういう時、いつもかばってくれて、献身的だった。

私は毎日イラン先生の顔をみるたび、楽になった。



私は心が弱く、我慢ができない上に、存在感を出さない体に感謝したことすら、今まで一度もなかった。












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