ピコのブログ

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【もし、私がおばあちゃんになったなら、孫に教えてあげたいことがある】

おばあちゃんのおばあちゃんが若かった頃、世の中は戦争と言って、人と人が敵同士になり、殺し合う時代があったんだよ。

空から爆弾が降ってきて、いつ死んでもおかしくない生活を皆んながしていたんだって。
怖いね。

そんな中、生き抜いてくれたおじいちゃんとおばあちゃんがいて、私のお父さんとお母さんがこの世に生まれたんだよ。

戦後は焼け野原と言って、全てが焼けてしまい、何にもない状態だったんだって。
お米は贅沢な食事だったんだって。
そんな時代を、私のお父さんやお母さんは生き抜いてくれ、結婚してくれて、私が生まれたのね。

そして、スマホがこの世にない時代に、私はあなたのおじいちゃんと結婚したの。

おじいちゃんにも、私と同じように、戦争の中を生き抜いてくれたおじいちゃんとおばあちゃんがいてね、そこから生まれたお父さんとお母さんがいてね、分かるかな?

だから、命が続いているの。

私とあなたのおじいちゃんが結婚して、あなたのお母さんが生まれたのね。

あなたのお母さんがまだ結婚していない頃、高校3年になる春だったんだけど、今度は、世界がコロナウィルスと戦う時代があったの。

人と人が会うことで感染が広がってしまうので、学校も休みになり、お仕事も休みになり、出かけることをやめて家に居ましょう!という年があったの。
だから、筑波で仕事をしていたおじいちゃんは家に帰ってこれなくなってしまったんだよ。

それでもとっても悲しいことに、死者は世界で10万人以上も出てしまったの。

でも、これは人と人が殺し合うことではなく、人と人が協力し合って、目に見えないコロナウィルスと戦うことだったから、生きる望みは人々にあったのね。

これって、もの凄く有難いことなの。

私のおじいちゃん達が、人と人を殺し合う戦争の時代は生きる望みすらなかったって。
それでも、その中で生き残ってくれたのは、ただの偶然ではないの。

「生きよう!」としてくれたからなの。

病気に罹ったふりをして、戦争に行くことを免れたり、とにかく「生きよう!」としてくれたの。

あなたのお母さんもね、コロナウィルスの年に「生きよう!」と必死だったんだよ。
ある日、学校の登校日があったの。
学校に来なさいと言われたんだよね。
でも、あなたのお母さんは「あんな満員バスの中に行くなんて絶対にヤダ」と言って、先生の言うことをきかなかったんだよ。
おばあちゃんは、「それでいい」と言ったの。
自分の命の危険を感じたら、それが例え先生からの命令であっても「ヤダ」と言って、自分の意思を貫きなさい、と教えていたから。

何故なら、コロナウィルスの戦いの9年前に、東日本大震災というこれも酷く悲しい災害があったの。
その時に、先生達の判断が誤り、命を落としてしまった子ども達がたくさん居たの。
子ども達は、「そっちじゃないこっちへ逃げたい」と言ったけど、先生は子どもの言うことをきいてくれなくて、命を落とす方へ導いてしまったの。
でも、これは先生が悪いわけでもないの。
先生だって間違ってしまうことがあるの。
先生の方が「勘」が悪いことはたくさんあるの。

だからね、あなたが今おばあちゃんとこうして話しができていることは、たくさんのご先祖様が、その時代、その時代の危機を「生きよう!」として、生きてくれたお蔭様なの。

人と人が殺し合うことは絶対にダメ。
どんな理由があっても絶対にダメ。
何故なら、あなた達の命は、殺し合いの時代をやっとの思いで潜り抜けて生きてくれたご先祖様達皆んなで繋いでくれた命だから。

死んでいった人もね、この命が無くなることで、日本が生き残るなら、と、自らの命を捧げてくれて、私達のご先祖様を生かしてくれた若者もたくさんいるの。

だからね、命が繋がるって凄いことなのよ。

それでも、人の命が脅かされることは起こるの。
そんな時は、家族を大切に、自分が信頼できる人と助け合って、そして「今日もありがとう」て生きるといいと思うのね。
そしてね、自分で自分の命は守るの。
あなたのお母さんは、そうやってあなたを産んだんだよ。
だからね、あなたのお母さんは凄い人なの。

そしてその命をもらったあなたは、自分を大切に生きて、次の命にバトンタッチできるように、そんな風に生きれるといいね。