70年前のケインズの最後の念願バンコールは中国から蘇るのか  ケインズ肉声 | 21世紀のケインジアンのブログ

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ちょっと古いですが、国際経済の根本的な問題なので、ご参考まで。

 

2008年に米国で金融危機が勃発し、ドル基軸体制が抱える致命的な欠陥はこれまで以上に明らかになった。つまり米国が自国の都合でドルを発行し、国際的にドルの発行量を調節するメカニズムがないという致命的な欠陥である。
               日本経済新聞 平成23年7月1
  

これは夏斌中国人民銀行金融政策委員、国務院発展研究センター金融研究所長の発言である。彼は世界最大のドル準備を持つ中国の通貨戦略の参謀である。

 彼の結論は、IMFのSDRを改革して、今のドルのように1つの通貨に頼らない国際通貨を創ることが望ましいが、IMFへの米国の影響権が強いので希望通りにならないと現実を見ている。

 代わりに他の通貨も取引ウェートを高める多極通貨体制を作って、ドルを持つ米国が勝手な真似をするのを避けるのが現実的というもの。

 よって、人民元も多極通貨の1つとなるよう、国際化して行くようだ。それも管理変動相場制維持から時間をかけて変動相場制にして行くようで人民元が切上げをするのは相当抵抗がありそうだ。

米ドルが英ポンドに代わって基軸通貨になったのは、1944年のブレトンウッズ会議以降だ。

 この時、イギリス代表のJ..ケインズは、ドル基軸でなく、今回夏氏の中国の希望である、一国の通貨や金に頼らない国際通貨バンコールの導入を求めた。

 しかし、アメリカ代表の財務長官補佐官だったホワイトの提唱するドル基軸案が通って、ドルが基軸通貨になった。ケインズ案は葬り去られたのだ。このことはケインズにとって死んでも死にきれないほどの痛恨事であった。

 世界的な経済学者であるケインズの反対を押し切って、アメリカのゴリ押しが通ったのも、当時の金本位制の下、通貨の常識としてドルは金と兌換出来たからポンドと変わらないとケインズ以外の人が考えたからだ。また、当時のアメリカは世界の金の8割を保有しており、第2次世界大戦で疲弊していた他の参加国は、その意見に従わざるを得なかった。

 しかし、1971年にアメリカのドルと金の兌換停止によって、米ドルが保有金という制約なしに通貨を発行出来るようになり(ペーパーマネー化した)通貨の暴走に歯止めが効かなくなってしまった。それが世界の基軸通貨となってしまった。

 このような事態を恐れてケインズは国際通貨制度の導入をしたのだが。ケインズが1944年のブレトンウッズ会議で提唱したバンコールが導入されていれば、おそらく、ニクソンショックもリーマンショックも起きなかっただろう。この二つは別々のものではなく、暴走するドル危機が根底にあるという点からするとニクソンショックの延長上にリーマンショックはあるし、この先に起こる○○ショックも避けることができないだろう。
 

 夏氏の寄稿内容は、70年前にケインズによって既に語られていた。ケインズは死なずである。
 

  ケインズ(本当は「キーンズ」と発音するらしいです)。私も初めて見ました本人の肉声。さすがに多くの国際会議で大活躍しただけに力強く説得力のある話し方でした。