脱原発の星、京大原子炉実験所の小出裕章助教(65)が3月末で定年退官する。2月27日、41年間勤めた実験所(大阪府熊取町)で退官記念講演が行われ、その模様を山田孝男毎日新聞特別編集委員が紹介している。
小出さんは退官したら「仙人になる」といわれているようだが、そんなことはいわず引き続き脱原発運動の先頭に立って頑張ってほしい。私も一度小出さんの講演会に行ったが、当初は原発推進の立場に立っていたことへの痛切な反省、そして脱原発にかける燃えるような情熱に感動したことを昨日のことのように覚えている。
原発推進派の言い分に一つ一つ細かく的確に反論できる人物を私は小出さん以外知らない。脱原発派にとってのご自分の存在の大きさを是非わかっていただきたい。
毎日新聞 2015年03月02日 東京朝刊
脱原発派のヒーロー。原発推進派から見れば憎むべき扇動家。自分では「原発を阻めず、敗北した」男だと思っている。
2月27日、41年間勤めた実験所(大阪府熊取町)で退官記念講演に臨み、「徐々に引退する」と宣言して惜しまれた。「でも、簡単には引き下がれません」と懇親会ではあいさつし、満場の拍手を浴びた。
原発事故から4年。なお衰えぬ小出人気は、「万事制御(アンダーコントロール)神話」など誰も信じていない現実の反映であるにちがいない。
小出は、90分の講演をこうしめくくった。
「私は愚かにも原子力平和利用という夢を見、(誤りに気づいて)なんとか止めたいと願ってきましたけれども、原子力を進める組織はあまりに巨大で、敗北し続けた。一体何のために生きてきたのかと思わないでもありません」
「でも、私は自分のやりたいことを続けることができた。誰の命令も受けなかったし、最下層の教員(助教)ですので、命令する相手もいなかった」
「(それに)多くの仲間とめぐり合い、皆さんともお目にかかれたわけで、ありがたいことだと思っています。私を見守ってくださった方々がたくさんいらっしゃる。本当にありがとうございました。これで終わります」(拍手)
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東京・上野生まれ。開成高から東北大工学部へ。原子核工学を修めたが、女川(おながわ)原発(宮城県)反対派との討論を経て脱原発へ。
以後、生涯ヒラ教員として「原子力をやめるための研究」に打ち込んだ。遠い目標を見据え、名利を顧みない。一徹な生き方そのものが、小出への関心をかき立てる面がある。
聴講者140人。「退職後、どうなさいますか」と質問が出た。「仙人になります」と小出。「原子力廃絶まで闘うはずでは」の声も出て、爆笑と拍手。司会が「小出仙人は走り続けるでしょう」と補った。この司会、小出の後輩にして同志、今中哲二・同実験所助教(64)である。
脱原発が失速し、小出への講演依頼も減ったかと思いきや、さにあらず。既に8月末まで(隔週の土・日しか受けないのだが)予約がびっしり。申し込みは引きも切らないが、徐々に減らしたいという。
度重なる講演と出版。もうかりましたか? 聞きにくいことを聞くと、4秒間沈黙の後、小出は「もうかりました」と笑顔でうなずき、こう続けた。
「ただ、講演をしたいとか、出版したいとか、私から申し込んだことは一度もありません。欲しくて望んだものはない。お金が欲しいと思ったことがない。私がお受けするのは貧乏な方々がほとんどですので、もうかったとはいっても、皆さんが思ってるほどじゃないと思いますよ」
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小出はこう考える。過去200年の科学技術発展とエネルギー消費拡大をなお続ければ、人類は滅亡に至る。破局は、早ければ100年以内に来る。エネルギー消費自体を減らさなければならない。それでもやっていける社会を創り出す必要がある--。
だが、官民にわたる日本の原子力複合体は、エネルギー消費の維持拡大を前提に原発を守れという。見かけの豊かさ優先だから、原発汚染水流出も軽視される。「消費伸びて人類滅ぶ」でよいか。問うまでもないと私も思う。(敬称略)
http://mainichi.jp/shimen/news/20150302ddm002070058000c.html