新聞の紙面と縮刷版は同じでない!私がこのことに気がついたのは、20年程前のことである。きっかけは、1970年11月25日の三島由紀夫事件である。ノーベル賞候補と言われていた作家 三島由紀夫が自衛隊市ヶ谷の建物に立て篭り、自衛隊員にクーデターを呼びかけ失敗。最後は割腹自殺を遂げるという日本中を震撼させる衝撃的な出来事だった。当然、翌日の新聞はどれも1面一杯にこの事件を取り上げていた。特に、衝撃的だったのは、1970年11月25日の読売新聞の一面だ、割腹自殺をし、弟子に介錯させた三島の生首が部屋に転がっているのが大きく写っていた。あの衝撃的な写真を私は今でも忘れられない。
20年程前に大きな図書館に行った。特に、目的もなく行ったので、私の好きな新聞の縮刷版を眺めていた。そうする内に、ふと読売新聞のあの衝撃的な三島事件のことを思いだした。あの写真をもう一度見ようと思って、事件翌日の1970年11月26日の読売新聞の縮刷版を探した。やっと見つけたのだがビックリした。なんと1面にあるはずのあの衝撃的な三島の生首写真がない。三島のあの生首がなくなった後の部屋の様子の差し障りのない写真になっていた。
これで、おかしいと思ったのだ。その後、気になって、大きな図書館に行ったときは印象に残っている記事を縮刷版で探すようになった。その結果、わかったことは、新聞の紙面と縮刷版の内容は必ずしも同じではないということである。印象としては、後で物議を醸しそうな内容は削除されるか、修正されていることが多いのだ。
新聞社の立場になって冷静に考えて見れば、わからなくもない。新聞の紙面は数日すれば捨てられてしまうが、縮刷版はずっと残る。そこで、リスクを考えると、縮刷版を作成する時に、後々まで残してもいい内容か写真かどうか十分チェックして縮刷版を出しても不思議はない。
新聞の紙面と電子版の関係もこれと同じである。特に、原発関係で多少過激だと思う記事を電子版で探すとないことが多い。あっても、内容を修正し、過激な部分はカットされていることが多い。また、一旦、電子版に出ても、後で、もう一度探すとなくなっていることもよくある。
おそらく、これは新聞社のリスク管理であろう。過激だったり物議を醸しそうな記事は、できるだけ新聞紙面に出さないよう配慮する。紙面に出した場合、電子版には載せないか、問題になりそうな部分をカット・修正して載せる。問題になれば、電子版から削除する。一旦、発売すると後で取り返しがきかない縮刷版は特に念入りにチェックして、問題になりそうな部分はなくしてから発売する。縮刷版は月単位で出されるが(例えば、平成23年11月分)、発売されるのはその月の2~3月後である。以前は、なんでそんなに遅いんだと思っていたが、そういう細工をする時間が必要なんだとわかってから納得がいった。
皆さんも、新聞を見るときにはこういうことに注意してください。