さてさて、この二人はどの設定でしょうか?
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開放的に開かれた窓から、早咲きの薔薇の香りが五月の夜風に乗ってキョーコのところまで届けられた。
湿度も温度も低い夜風が、アルコールで火照った頰に心地よく、キョーコは思わず目を細めて「ほぅ…」と息を吐いた。
華奢なワイングラスには、パチパチと黄金に煌めくスパークリングワインが半分ほど。
華奢なワイングラスには、パチパチと黄金に煌めくスパークリングワインが半分ほど。
飲むのでもなく香りを楽しむのでもなく、ゆらゆらと揺らしてその煌めきを眺める。
「少し飲みすぎたかな」と反省していると、歓声とも悲鳴ともつかない女性の声が上がったので、酩酊でかすかに揺れる視線をやれば、なんのことはない。そこには華やぎの権化のような男と、それに引き寄せられた熱帯魚のような女性たちとが居た。
彼が彼女達の容姿を褒めたか何かしたのだろう。頰を染めた美女達が、潤んだ瞳で男を見つめている。
今夜、自分をここに連れてきてくれた先輩俳優の如才ない笑顔を眺めながら、キョーコは壁にコツンと後頭部を押し付けた。
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招待客で賑わう恵比寿の会場。
さすがは今をときめく写真家、神田 愁生主催のパーティーだ。モデル業界からはもちろん、アーティストや俳優、女優まで…参加者も華やかの一言に尽きる。
そんな招待客の中でもより一層華やかな人物を眺めながら、キョーコは壁の花に徹していた。
(すごい人垣…。)
当然であろう。今夜の集まりは神田愁生のプライベートパーティーとは言え、彼は賓客と言っていい。
招待客で賑わう恵比寿の会場。
さすがは今をときめく写真家、神田 愁生主催のパーティーだ。モデル業界からはもちろん、アーティストや俳優、女優まで…参加者も華やかの一言に尽きる。
そんな招待客の中でもより一層華やかな人物を眺めながら、キョーコは壁の花に徹していた。
(すごい人垣…。)
当然であろう。今夜の集まりは神田愁生のプライベートパーティーとは言え、彼は賓客と言っていい。
敦賀蓮。
日本の芸能界のトップ俳優はアルマンディの専属モデルにして、神田愁生の被写体の一人だ。
現在はその活動をアメリカにまで広げている。久々の帰国に、彼のスケジュールはギュウギュウで、このパーティへの参加も仕事7割、プライベート3割といったところだろう。
ほんの少しお手洗いにと場を抜けただけなのに、戻ってみれば連れは我も我もとひっきりなしに押し寄せてくる招待客に二層、三層と囲まれていた。
(さすがだわ敦賀さん…!)
かれこれ一時間はああして如才なく会話を弾ませている。
そして訪う人が尽きることがない。
先輩俳優の人気が、鼻高々なようでもあり、その横に立つことがいたたまれなくなって彼の側を離れたままワインを口にする今は何故だか少し凹んでもいて。
複雑な気持ちで、キョーコはピックに刺さったオリーブをつまむ。
「これは綺麗な壁の花が」
今度はロゼなどいかがです?
そう言って新しいグラスを進めてきたのは本日の主催者、神田愁生だ。
まだ42歳という彼は写真家というよりいっそ歌舞伎役者のような、スッキリとした風貌である。
純和風な面持ちに、知性が光る黒い瞳。
その柔和な表情に、キョーコも思わず肩の力を抜いて新しいグラスを受け取った。
主催者である彼には、先に先輩俳優と共に挨拶を済ませてある。
彼の作品はその独特な色彩感覚で人の目を惹き、家電から化粧品まで、あらゆるジャンルのカタログ、CM、ロックミュージシャンのアルバムジャケットも手がけ、近年では映画製作にも携わっている。
キョーコも彼の作品のファンで、蓮に頼み込んでこのパーティに連れてきてもらった。先ほどまでも会場内に飾られている作品に魅入られていた内の一人だ。
「楽しんでいらっしゃいますか?」
「ええ、とても。」
写真家のパーティーらしく、会場のいたるところに彼の作品が飾られている。
その中でも鮮やかな南国の海に沈む夕陽を映し出した写真に視線を奪われた事を伝えると、彼は目尻に皺を寄せて微笑んだ。
「しかし、貴女のパートナーはヒドイ男だ。こんなに美しい人を一人にするなんて」
芸術家のリップサービスを受けて、キョーコは愛想笑いで礼を言う。
「ヒドイなんてとんでもない!敦賀さんは勉強になるから、と連れてきてくださったんです。神田さんの作品をこんなに見れて、それにお話もうかがえるなんて、こんな機会ありませんもの。」
「しかし貴女を一人にするなんて」
渋面を作ってみせる写真家に、キョーコはにこにこと笑う。
「久々の帰国です。皆さん、敦賀さんとお話したいでしょうし、そこに私が居ても…」
「皆さん、貴女にも興味深々だと思いますよ?敦賀君が連れてきた美しい女性に。」
「美しくはないですけど、確かに女ですからねぇ。でも皆さん、もうお気づきだと思いますよ。敦賀さんは後輩思いなんです。後輩にこんな機会を与えてくださって。しっかり勉強しろってことですよ。美しい写真を見て、目を養えと」
にこにこ笑う新進気鋭の若手女優に、神田は人垣を眺めて笑った。
「なるほど。これじゃ敦賀君も浮かばれい。」
「え?」
首を傾げるのに合わせて、イヤリングがシャラリと揺れて落ちてしまった。
絨毯に落ちた華奢なそれを拾ってくれた神田に礼を言い、差し出された手からイヤリングを受け取ろうと手を差し出す。
パッとキョーコの掌の上で開かれた神田の手から滑り落ちるはずのイヤリングが…ない。
「え⁉︎」
思わずポカンと口を開けたキョーコを愉快そうに眺めて、神田は両手をあげてヒラヒラと掌をそよがせた。
そのどちらの手にも、キョーコがつけていたイヤリングは見当たらない。金の薔薇が幾つも連なったイヤリング。
「え?…え?」
神田の手を見つめたあと、まだ床に落ちているのかとキョロキョロと床を見渡すキョーコの耳元に、神田の手がそっと添えられた。
「小さな薔薇は、自分で薔薇の妖精の所へ飛んで帰ったようですよ?」
そんな気障な事を言って、大きな手がスッとキョーコの髪を梳くと、キョーコの耳元でシャラリと金属音。
「え⁉︎」
キョーコの髪の中から掬い上げたのは先程床に落ちたはずのイヤリングの片割れ。
先程まで何もなかったはずの神田の手に、確かに金の薔薇が載っているのを見てキョーコの目が輝いた。
「すごいです!魔法みたいですね!」
すごいすごいと連呼しながら、キョーコは受け取ったイヤリングをしげしげと眺めた。
どこからどう見てもただのイヤリング。
当然だ。キョーコの私物なのだから、このイヤリングにタネなどあるはずもない。
無邪気な様子に、神田はにこにこと笑う。
「ではかわいいお嬢さんに、もっと魔法を見せてあげよう。こちらへどうぞ?」
促された先は、ガーデンに置かれた小さなテーブル。
ワクワクした気持ちのまま、キョーコはワンピースの裾を捌いて席についた。