砂漠の国の物語 外伝 | みむのブログ

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こちらはス/キップ/ビートの二次小説ブログです。CPは主に蓮×キョ-コです。完全なる個人の妄想から産まれた駄文ですので、もちろん出版社等は全く関係ありません。
勢いで書いていますので時代考証等していません。素人が書く物と割り切ってゆるーく読んでください。

こんにちは。みむです。

ああーまずい。まずいほどの放置っぷり。
仕事が詰まっていないのが主に悪いのか、ストレスがないと書けないのか。だとしたらなんてM…。とにかくネタがなかなか思い浮かばず。

久々に自分のブログを見たら、カクテルの話が中途半端にぶった切れたて驚いた。あれ…?な、なにゆえに。


書き方を思い出すために、世の中ゴールデンなウィークですが、砂漠の国の外伝なんてものを投下。



初めての方、こちら、パロディのパロディで虹でございます。
お読みになるならばやたら小刻みに分割されて投下された「砂漠の国の物語」を先にご覧ください。

では、どうぞ。





************



その時、世界がいっさいの音を失ったようだった。



迷い込んでしまった王宮の奥深く

ようやく見つけた女官に声をかけようとして…叶わなかった。


それは美しい人だった。
瓊馬玉の髪、華奢な背中。


オアシスの上を吹き抜けてきた風が、音を立てて彼女の髪を攫って

俯いていた彼女が、すっと、仰いた。

閉じられた目から、零れ落ちる涙

白い陽光に照らされて、輝くそれに

世界が音を失って

続いてものすごい騒音に襲われた。



自分の鼓動の音だった。






砂漠の国の物語 その後






ヒカルは、自分をこの上ない幸運者だと思っている。
部族の長の家系に産まれた次男。長は優秀な兄が立派に務めていた。
身の振り方に困るはずの自分は、実は早々に行先が決まった。

この国の、王族に連なる家の養子である。さらに言えば、義父は今や右大臣の地位にまで上り詰めていた。

義父に都から離れた領地管轄を任され、この3年、それなりにこなしてきたヒカルは今、義父に呼び出されて王都にいた。

地方での足固めは出来た。これからは長い時間をかけて、中央での地盤を譲ろうと言うのだ。

のしかかるプレッシャーと、自分の中にもあったのかと驚く野心を抱えて、王宮に入った今日。

あと数時間で王にお時間をいただいた時刻になる。…と言うのに。

(ここはどこや…)

待たされた部屋で、義父は仕事の用事で呼び出されて席を外していた。
少し、ほんの少し庭を見ようと思っただけなのに。

早足で歩きながら、ヒカルの胸が早鐘を打つ。

(まずい。…まずいまずいまずい…!)

王は寛容だが、時間をきっちり守る方だと聞いている。王が守る時間を、部下が守らずにどうするのだ。

(なのに、なんや、この広すぎる庭は!
俺は今、どこにいるん…⁉)

焦った先、ようやく見つけた女官

ようやく道を聞ける人と出会えたと言うのに、彼女の姿にあんなに感じていた焦りも、理不尽な怒りも、消えてしまった。

年のころは、自分より少し下だろうか。女官の衣装を纏った彼女は、日の光の中にいて、けれど消えてしまいそうに儚い風情で泣いていた。

見惚れていたのがどれほどの時間だったかわからない。
我に帰ったところで、ようやく覗き見の真似をしていた自分に気づいた。

話しかけたいが、なんと声をかけたらいいかわからない。

逡巡の後、その場を去ろうと踵を返した所で足元で砂利が不快な音を立ててしまった。

(おおおお俺のアホオオォォオ‼)

「…誰?誰かいるの…?」

声ならぬ声で叫び声を上げたところに、女官の不安そうな声。

ああ、声も可憐で綺麗だなと思いながら、渋々と木の影から姿を現す。

正面から見た彼女は、横顔で見ていたよりも幼い印象だった。
驚いた事に、涙の名残りはカケラもない。
白昼夢でも見たのかと言う程の綺麗な顔に、驚きの表情を載せてこちらを見ていた。
訳もなく恥ずかしくて、顔に血が上る。

「いや、ちゃう。怪しいものやなくて、その、僕は。」

「モガミ家の若君。ヒカル様…?」

「えっ…!」

驚いて顔を上げると、イタズラが成功した子供みたいに彼女が笑った。
笑うと星を含んだ黒瞳でいっぱいになる目。
馬鹿みたいにポカンと口を開けてその顔に見惚れていると、

「こんな所にまでいらっしゃるなんて。迷ってしまわれたのですか?もうすぐ陛下との謁見のお時間では?」

「…あぁ‼そうなんや!じゃない、そうです‼」

彼女の笑顔に見惚れていたのが、更に彼女の言葉で我に帰った。

「大丈夫ですよ。間に合います。御一緒いたしましょう?」

そう言って歩き出す彼女の後ろを着いて行く。

「ええっと。君はこの王宮に勤めて長いのかい?」

思わず出てしまった郷里の言葉を取り繕って当たり障りの無い事を尋ねる。

「長い…そうですね。他の方に比べたら短いと思います。もうすぐ一年です」

一年。王妃の輿入れの時期だ。
自分の、義妹。まだ見ぬ妹。
美しく、優秀な王妃は有名だ。
ならば彼女はもしや、王妃付きの女官だろうか。

これから会う王について聞いてみようか、
まだ見ぬ妹について聞いてみようか、
しかし心は、彼女自身について聞いてみたい。

普段はどんな仕事をしているのか
仕事は辛いのか
だからあんな所でひとり、泣いていたのか
何故泣いていたのか
どこに行ったら君にまた会えるのか
恋人はいるのか

聞きたいことはこんなにあるのに、喉は凍りついてしまったようでなんの役にも立たなかった。
何か喋らなくては、彼女に無愛想な者だと、つまらない男だと思われてしまう。
そう焦っても、彼女の華奢な肩や美しい黒髪を眺めて歩くばかりだった。


「さあ、着きましたよ。」

「え…⁉」

目を上げれば見慣れた回廊。彼女が指差した先には確かに自分が通された部屋の扉がある。
あんなに彷徨っていたのに、こんなにあっと言う間に着いてしまうなんて。

「では、私はこれで。」

「あっ…待っ」

当てもない呼び止めに、彼女は素直に応じてくれた。
不思議そうに首を傾げる姿が、

(か…かわいい…)

「あの、よかったら、今度」

勇気をもって話しかけたところで、彼女の顔色が変わった。

すっと、柔らかさの消えた表情で身を引くと、廊下の壁に寄って平伏する。

「え…?」

突然の事に目を丸くすると、背後から声をかけられた。義父の声。

「義父上…」

振り返って、返事をしたヒカルの心臓はすくみ上がった。

「その呼び名はやめなさい。王の御前だ」

今更な義父の叱責も耳に入らなかった。せめて…せめて心の準備位させてほしい。

義父の後ろに立っていたのは、この国の若き君主。レン王その人だった。




見上げるほどの長身、堂々たる体躯。そして何より天上の神が丹精こめて作り上げたようなきらきらしい容姿。

初めて目の当たりにした王の姿に声も出ないでいると、またもや義父の叱責。

身を竦ませたヒカルの上に、王の声がかかる。

「よいよ、モガミ大臣。今回は私的な会見だろう。少なくとま俺はそう聞いている。俺は貴方を父、彼を兄と呼ばなくちゃならないかな。」

「陛下、そのような…」

戸惑う義父の声に重なるように、控えていた侍従が入室を勧めた。

王に促された義父が部屋に入ったところで、王が視線を廊下の壁にやったので、ヒカルの心臓がまたも跳ね上がる。
そこには彼女がいた。

「あ…」

小さな、華奢な、娘。王の威厳にさらされてはまともに口も聞けまいと、何か王の気を彼女から反らせたいがろくな言葉が浮かばない。

「そこな女官」

王の言葉に、彼女の頭が更に下げられ、長い髪が横顔も完全に覆ってしまった。

「今、何刻か?」

「白の三刻でございます」

物怖じすることなく、透き通った声がスラスラと応えた。
ふむ、と頷いた王が笑った。
花が綻ぶような笑みに、思わず惚けるヒカルをよそに、王と女官の会話が続く。

「では、もうすぐ我が妃の休憩も終る頃か」

「さようでございます」

「お前も持ち場に戻るのであろう。お前、妃に伝えておくれ。『イタズラも程々に。母猫が威嚇して困る。』」

彼女の小さな頭が揺れた。長い髪の隙間から、表情が微かに見て取れた…。

彼女は笑っていたのだ。

「かしこまりましてございます」

部屋に入った王の背中と彼女の姿を見比べ、思い切って声をかけようとしたヒカルだったが…


「あー‼あんたって子はこんな所に!もー!探したじゃないの‼」

決死の思いで発しようとした声は、別の女官に遮られた。
怒りに眉を釣り上げた女官。こちらも目を瞠る程の美女で、ヒカルはまたも驚いて口を閉ざしてしまった。
さすが王宮。女性の容姿のランクが違う。
惚けている間に、彼女がズルズルと怒れる女官に、連れ去られてしまう。

去り際に彼女からの謝罪するように向けられた目礼に、またも胸を時めかせてしまった。




「今日はイツミの服を借りたんだって?」


夫婦の寝室でレンが言うのに、寝支度をしていたキョーコがふふふと笑った。

「ええ。服が違うと気づかれないものですね。今日はモー子さんとイツミさんの魔法もかけてもらわなかったですし」

ほぼすっぴんで王宮内を闊歩し、イタズラが成功した少女の表情に、やれやれとレンが肩をすくめる。

そうと気づかないヤシロさんに資料を取って来るように指示されたと、使いっ走りをしたキョーコがウキウキと語る。

「兄妹面談も、済ませたみたいだね。」

「ヒカルさま!」

ぱぁっと輝く表情と、その呼び名にレンの笑顔の種類が変わったのを、珍しくキョーコは見逃した。

「お優しそうな方でした。父とも良い関係を築いているそうですし…」

「…そう言えば、なんだか仲良さそうに話していたね…?」

「道に迷われていて、案内して差し上げたんです。女官の私にも丁寧な方で。何より」

そこで、ふふっと頬を染めてキョーコが思い出し笑いをするので、レンの笑顔にとうとう青筋が立った。

まだ気づかないキョーコは、さらに頬を染めた彼女がこう宣った。

「もっとお話ししたかったです。」

「………。」

このときのレンの顔をヤシロあたりが見れば青褪めて胃を押さえ、クロサキあたりが見れば刀に手を掛ける前に逃げ出しただろう。

しかし、どこかうっとりした表情のキョーコは、幸か不幸か気づかない。
しかし、荒ぶる大魔神は、続くキョーコの言葉で呆気なく鎮まった。


「ヒカルさまの言葉。西方の生まれの方ですね。…神父さまと同じ言葉…」


『神父さま』とは、彼女が幼少期を過ごした隣国にいる、彼女が兄とも慕う恩人の一人だ。
柔らかな笑みに柔らかな声。

かの人の言葉。
隣国とは比較的友好な関係を築いているが、王妃である彼女が簡単に会いに行ける場所でもない。
そんな中での、義兄の口調だった。
一気に懐かしさが蘇り、優しい思い出がキョーコの中に溢れた。
しかし、義兄に次に会うのは、王妃として。義妹と名乗っての場だろう…もう、あの懐かしい言葉では話しかけてくれないかもしれない。

「…女官の格好をしたら、気づかずにまた話しかけてくれるかもしれないよ。」

キョーコの悲しそうな顔にほだされたレンが心にもないことを言うと、キョーコは可愛らしく唇を尖らせた。

「すぐに見破ってしまった人が、何を言いますか」

つまらない、と、むくれる幼い表情に、レンが苦笑した。

そりゃあ、そうでしょ。見くびってもらっては困る。

廊下の壁に沿って。気配を殺して平伏していた女官。
衣装を変えたって化粧を変えたって、愛しい人はすぐにわかる。
レンにしてみれば、何故わからないのか。それが不思議だ。

「すぐに見破っておしまいになったのは陛下だけですのよ。クロサキさまもシンカイさまも、驚いてくださったのに…」

レンは肩をすくめると、王妃の頭を撫でた。

「休憩時間に何をしたっていいと俺も思うけど。カナエには一言言って行って。まず、俺が犯人にされるから。」

今日も今日とて乗り込んできた女傑に、無罪を証明できずに困った。

「そうですね。うっかりしてました。気をつけますね」

笑顔で応えるキョーコに、レンも笑顔で言った。

「嘘。」

「え?」

「嘘だろう。うっかりしてたなんて。」

「え。え…?」

常にない位はしゃいでいた表情は、可哀想な位に強張って、目が泳ぐ。しかし、レンは追求をやめてはあげられない。

レンの言葉に返す言葉がなく、微笑む目に強がりを見透かされている事に気づいて
子供のように夜着の裾を握り締めるキョーコに差し伸べられた、手。

王の権威は、大層な衣装と共に脱いできた。ここにいるのは、薄く柔らかな夜着一枚の、ただのレンだと、彼が言う。

「おいで。」

差し伸べられた手を、彼女が迷う事なく取れるようになったのはいつの頃からか。

すっぽりとおさまった先。広い胸の中。
吐息をついて、ゆるゆると力が抜けていく身体を、大きな手がゆっくりと撫でた。


「一人で上手に、泣けた?」


優しい声の意地悪な言葉に、夜着を握る力が強くなった。







4年前の、今日。



遠い地で、多くの民の命が喪われた。







この細い身体の中は
荒れ狂う嵐か、さめざめと降る氷雨か





「カナエだってね。今日じゃなかったら子猫を奪われた母猫みたいに威嚇してこなかったはずだよ。イツミも、君の考えを知ってくれたんだろう。でも寂しそうだった。」

『王妃の衣装を脱いで、一人になって。けれど行き着く先は陛下の所だと思ったのですけど。』

戸惑ったように言うイツミはまだ優しい。カナエは口に出さずとも表情で「使えないわね!」と言っていた。…少し凹んだのは、誰にも気づかれていていないはずだ。

本当は、今日はずっと側にいてあげたかった。片時も離れず。それが自然であるかのように。何もせずともくっついていたかった。
けれど、当の彼女が笑ってそれを拒否し、本人よりも正確に、今日の仕事の予定を諳んじてみせた。


我が王。賢明な、この国の君主。

そう言って笑うのは、彼女のプライドに見えたから、レンは何も言えなかった。






柔らかな唇が、耳の横の柔らかな肌を撫でた。

「どうしたい?泣きたいなら泣かせてあげる。抱かれたいなら抱いてあげる。君が望むならなんでもしてあげる。」


でも、一人には、してあげない。


懇願されても、してあげない。



胸の中で、涙声が、笑った。


「甘やかしすぎですよ。…これ以上わがままになったらどうするんです」

「俺は一度位、君に抱いてくださいと言われたいね。」

ドンっと胸を拳で叩かれた。
真っ赤な耳に唇を寄せれば、そこには確かな熱。

「どうする?」

膝の上に上げた細い身体を、揺りかごにいるようにユラユラと前後に揺する。

「…じゃあ、ぎゅって、してください。」

「これ以上?君、潰れちゃうよ」

「潰れませんから」


レンは揺するのを止めて、両腕で細く震える身体を抱きしめた。

夜着の胸元が、しっとりと湿る。
嗚咽は暖かな檻の中に、吸い込まれて消えた。






ゆらゆらと揺りかごのように揺れる、腕の中。ポツリポツリとキョーコの言葉が戻ってきた。

「今日は、よくない王妃さまでした…クロサキさまもシンカイさまも、笑ってくださいましたが…呆れていらっしゃらるでしょうね…」

「いや、あの二人は確実に面白がるよ…」

少しぐったりしてそう言うと、あの少し年長の二人にからかわれるこの人を思い出してキョーコは少しわらった。

「ヒカルさまにも…初めて会うのがあんな姿で…真実を知ったら、幻滅されてしまいそうです。浅慮でした…」

「名前…」

しょんぼりするキョーコを今度は慰めてあげることすら失念して、思わず呟いてしまったレンはしまったと顔を顰めた。

キョーコが不思議そうに目で問うのに、なんでもないよと誤魔化そうとするも叶わない。
心にわだかまる気持ちを、放っておいて欲しくない気持ちを、彼女は敏感に嗅ぎ分ける。先ほどは見逃した嫉妬の視線も、いつもならばすぐに察するはずだった…段々と、調子が戻ってきたようだ。こんな確認の仕方は情けないのだけれど。

ふいと逸らした視線を、腕の中の人がその小さな手で引き戻す。
今日位は我慢しようと思っていた嫉妬心。

「陛下…?」

両頬を手で包まれて、小さな子供にするみたいに心配げに顔を覗き込まれれば、逆らうこともできない。
またも繰り返された呼び名に、心がゆらりと炙られたのも手伝って、レンは渋々口を開いた。

「名前…モガミの跡取りの事は下の名前で呼ぶんだね」

「…は…?」

口に出してしまえば嫉妬の内容のあまりのくだらなさがさらに際立った。
レンは恥ずかしさを隠すためにわざと怒ったように顔を顰める。

「だから!…ヒカルって彼だけ呼ぶんだ」

「…ええ…。義理とはいえ、兄…ですので。」

「俺のことは…?」

「は…?」

口を尖らせて言うレンの言葉に、キョーコはポカンと口を空けた。

「俺は義理じゃなく、正真正銘、旦那さんなのに。呼んでくれない。」

「え…」

「ずーっと前に、クオンはよんでもらったけど。それもすぐに陛下に戻ってしまったし。」

「あの…いえ…それは」

「君、もしかして、俺の名前を知らないんじゃないか?」

「そんなわけないじゃないですか‼」

くわっと反論したキョーコに、レンがそれまでの不機嫌顔はどこへやら、にっこりと微笑んだ。

「そ?じゃあ、証明して。」

「うぅっ…」

「キョーコ。俺の名前呼んでよ。」

「知ってます。もちろん、存じ上げていますけど、お名前を呼ぶなんて不敬な…」

「ヤシロさんも呼んでるけど。呼び捨てられる時もあるよ。」

「ヤシロさんはあなたの乳兄弟でいらっしゃいますもの。」

「君はおれの奥さんだもの」

あわあわと言い訳を探すキョーコに、レンは眉尻を下げて悲しそうな顔をする。

「俺も、キョーコに、名前を呼んでほしいな…」

しょんぼりした様子に、キョーコの胸がキュンと高鳴る。

(……!なっ…なでなでして差し上げたい…!)

思えば、彼が望むことならなんでもしてあげたい。

「わ、わかりました。」

ごほんと咳ばらいをし、覚悟を決めてもなお真っ赤になって口をはくはくとさせるキョーコを、期待に満ちた目が見る。

キョーコは考えた。この目がよくないのだ、この人に改まって見つめられているのが悪いのだ。

伸び上がって、彼の耳元に唇を寄せた。

聞こえなかったと言われないように、音が漏れないように手を添える。

「……」

「……」

「……れ…」

「……」

「…レ…ンさま…」

吐息と共に囁かれた名前に、レンが突っ伏す。

と言っても、ここは夫婦の寝台の上。突っ伏す先は抱き寄せていた妻の胸元だ。

「……。」

「……あ、あの…」

「………。」

「…ええっと…」

胸にくっついた頭を撫でれば、常より熱い。しかし、いつだかのようにキョーコは焦って医師を呼ぼうとはしなかった。
ただ、戸惑ったまま、なんとなくその髪をすく。

「…その、へ、陛下…?」

「…やだ。戻さないで。」

ようやく上がった目線に、今度はキョーコの顔が真っ赤に戻る。

「もう一回」

「レン様」

「様もいらない」

「いえ、それは…」

「いらない」

「レンさま…でも」

ぎゅうっと抱きしめる手に力を込められた。

「呼んで。キョーコ」

甘い甘い声。

甘やかす、声。言葉。

クラクラと眩暈を覚えながら、キョーコはうわごとのように。

「レン…」

そう呼ぶと、愛する人が、情けない位に照れて真っ赤な顔

嬉しそうに、笑ったのを、キョーコは自分の照れも忘れてポカンと見ていた。


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