長女が突然帰って来た。


事前に連絡が無かったのでビックリしたが、痩せこけた顔を見たら「お帰り。」と言って迎えた。


長女は三年目の駆け出しのデザイナーで、出身の大学からは三十年ぶりの採用だった為に、お客様のような微妙な扱い方をされてしまうらしい。


いつもなら子供扱いすると嫌がる長女だが、すっかり私に甘えに来たのが見え見えだった。


姉御肌であまり弱音を吐かない長女が、帰るや否や涙ながらに愚痴り出したのだ。

 

このご時世にコンプライアンス的にNGのバワハラ上司がいて、そのターゲットにされたそうだ。


舌打ち、机叩き、貧乏揺すりに罵声。


仕事の不出来で苛立たれるなら分かるが、大学名がパワハラの理由だなんて、そんな不条理が許されてたまるか。


私が勤めていた頃にも変な人は居たけれど、今は相手が嫌だと思う事は全部ハラスメントと言われる時代だ。


その上司は頭が切れ仕事は出来るが、これまでの若手はずっと泣き寝入りか転職していたそうだ。


そのチームに入ってから二ヶ月、パワハラ上司が今度は完全無視を決めだし、長女はついにギブアップした。


長女は仕事中に無意識に涙が溢れ腹痛が起きるようになって、チームからは外して貰ったが、家に帰っても何もする気にもなれず実家に帰ろうと思ったそうだ。


上司のハラスメントの苦しさは痛いほどわかるし、主人は社内のコンプライアンス委員会の座長で、私よりも専門的なアドバイスが出来るはず。


しかし、シクシクと語る長女の話には耳を閉ざし、主人はまたもやアニメとYouTubeに逃げた。


主人の仕事は労規がメインで、ハラスメントの懲罰委員会にも席を置いている。


今回の件はどの業界でも通じ、ましてや大切な娘に起きた事だ。


食事の最中もリモコンから手を離さず、食べ物を口に放り込むだけの主人に、長女の涙が乾いていった。


いつまでも逃げている主人に私も沸々としていて、相談に乗れないなら早く寝室に上がってと願った。


なのに、いつもなら二階に上がる時間を遠に過ぎても、どうでも良い低俗なアニメを垂れ流しに見ている。


長女が風呂に入ると言ってリビングを出た途端に、私は真顔で「父親なら、しっかりしなさい!娘に心配掛けるんじゃないの!そんな姿見せたら、泣くに泣けないでしょ!」怒鳴った叱った。


普段、二人だけの時ならば主人がとんな低俗なアニメを見ていようと、私は違う事をしていれば良い。


だけど今回は、長女がスキルアップで転職するのでは無く、パワハラ上司に負けて転職するかのギリギリにいるのだ。


学生のうちならば保護者だと言って乗り込んで行くが、長女は成人した立派な社会人なので、後ろから応援してやるしか出来ないが、後ろ盾がヘロヘロの父親では長女が気の毒過ぎる。


主人が鬱になってから滅多に語尾強く言わない私が噴火して言ったので、主人は慌てふためいてテレビを消した。


その慌てっぷりに吹き出しそうになったが、ここで笑ってしまったら主人はまたダレるので、唇を噛み目に力を込めた。


間もなく、自分で光熱費を支払うようになって長湯しなくなった長女がリビングに戻って来た。


私がキッと主人を睨むと、「大手なら、どこの会社にもコンプラ委員会があるから、上司すっ飛ばして直接言いに行け。上の上司も自分の成績が下がるのが嫌で、うやむやにするから直談判した方が早い。」とその辺に転がっていそうなアドバイスをした。


アニメ漬けの主人に侮蔑した目をしていた長女が、フッと少しだけ笑った。