母が入院してから、義母への一切の連絡を断っていた。


結婚してから一ヶ月近くも義母から離れたのは初めての事だった。


義弟と義母の言葉に心が荒んでいても、80代の独居老人をいつまでも放ったらかしにも出来ず、ついに重たい腰を上げ義母に連絡をしたのだ。



たかが一ヶ月。


義母は自分の事を話しまくった。


母が不調だと連絡をしたのが最後だったので、義母なりに控えていたらしい。


ところが話す内容は、どれも私が半年間の義実家通いしていた間に、繰り返し聞かされた話ばっかり。


物の見事に全く変わらない一ヶ月を過ごしていたのだ。


義母の膝が痛くて整形外科に行き、「ボケなきゃ大丈夫。」と主治医が言った事。


診察で義母が同じ話ばかりしているのに「ボケなきゃ…」と言うのは既に見放しているのか、患者さんを良く診ていないヤブ医者なのだろう。


義母は「私は三途の川から呼び戻されて、こうして生かされている。神様はまだ、私に使命があると言っているのよ。」と言うが、それは全く人の手も借りず自立した生活が送れている人が言える言葉だ。


なのでこのセリフを聞かされると、一挙に引き笑いしか出なくなる。


この一ヶ月間、義母から電話が来なくて気にはなっていたけれど、義弟の不要な一言から私は一歩下がる事にした。


山林売買の契約の日、嫁(義妹)を連れて来なかった義弟が「アイツは関係無いから連れて来なかった。」と言った。


私も相続権が無い身ながら、不動産会社と共同名義の義父の元同僚の方に連絡を取り、日程調整をしていたのを知っていて、同等の立場の義妹を無関係と言い切ったのだ。


義弟と主人は同じ血でありながら、全く似ていない兄弟だ。


島耕作をバイブルにする義弟は、お金の嗅覚も鋭かった代わりに女癖がとても悪い人。


酔った勢いで吐かせた愛人の数は、片手で足りない。

それを義妹には上手に隠し、愛妻家の顔をするから憎たらしい。


主人はと言えば、出世欲がそこまで無く私がムチを打って押し上げて来たような人。


その代わりにギャンブルや女には手を出さず、その点だけ見れば世間的には良い夫だったと思う。


主人が義弟に負けているのは、小銭を撒いて大金を得る義弟の勘の良さと、自分の妻の立場がどんなに悪くなろうと義妹が嫌がる事には差し出さないところ。


主人はと言えば、私がどんなにボロボロであっても、コンビニスイーツで誤魔化しながら自分に不都合な事は私に任せて来る。


主人が守ってくれないのなら、自分から身を引けば良い。


義母には、実の息子たちが三人もいるのだ。