介護が始まる前、地域のボランティアを掛け持ちしていた。
本当は公務員になりたかったのだけれど、運命の悪戯で主人と同じ会社に入社してしまった。
根っからのボランティア好きで、娘たちの幼児サークルからずっと何らかの仕事を受けていた。
娘たちが成人してしまうと、私に当てがわれたのは老人クラブのスタッフ。
セッティングをしたり、レコードを並べたり、歌声喫茶や老人体操のお手伝いをする。
その中で綾小路きみまろさんのDVDや、老人川柳を読み上げると物凄く盛り上がった。
内心『それ、あなたの事ですから!』と毒付きながら、何故か老人たちは自分の事とは思わず毎回大爆笑した。
高齢者に下ネタやボケネタが、大受けするのだ。
気難しいお爺さんから、気取ったお婆さんまで大笑いする。
高齢者に下ネタは、若返りやボケ防止になると聞いた事はあったが、帰る時にはニコニコ顔で帰って行く。
この経験が母に使えないか。
荷物だらけの狭い部屋で、誰とも話さず日々を過ごす母。
母の様子を見に行くと、決まって母は泣きそうな顔で現れる。
それが私は嫌だった。
姉のマンションは、隣りとも顔を合わせなく人気が感じられない無機質さだ。
こんな所に閉じ籠っていたら、鬱々としてしまうのは当たり前に思う。
私は決してコミカルな性格では無いのだけれど、母を幼児と思う事にして否定するのを止めた。
母が言う言葉をオウム返しに、反芻しているだけで母は落ち着いて来る。
コンビニで、昔、家にいたインコそっくりなフィギュアを見付けて買って帰った。
母の手にそっと手渡すと、「ピーちゃん!」と言って満面の笑顔になった。
私がオオバコの若芽を摘みに行っていた頃の事や、インコが給湯器の中に入ってしまい大騒ぎした頃の事を母は嬉しそうに話した。
母はフィギュアを擦りながら、「この子がいたら、話し相手になってくれる。」と言って笑った。
今の母に新しい情報を記録する脳は無くなってしまったけれど、昔の記憶はまだ引き出す事なら出来る。
フィギュアを受け取り、母の手の上で「プリプリッ」とインコが糞をした真似をした。
母は大きな笑い声をあげ、目に涙を浮かべながら笑った。
「ミモザが来てくれると、楽しかった頃の事を思い出すの。どうして、こんな事になっちゃったのかしらね。」
「70代のうちに実家に帰れって言ったのに、聞いてくれなかったからよ。」
「私は最期は、あっちに帰りたい。ここはやっぱり私の家じゃないの。」
すると母は、一瞬で「帰りたい。」と言っていたのを忘れてしまう。
母が大笑いすればするほど、私は複雑になった。