年始、義弟たちと打ち合わせて、義実家に向かった。
義母の風呂場と玄関先の手摺りの施行がどうなったか、まだ私は見ていなかった。
「床材で底上げしてくれたから、浴槽の出入りがラクになった。」と義母が嬉しそうだ。
来月には手術になりそうな事、肝細胞がんになってしまった事。
言うか言わないかは、私に任せると主人は言った。
主人は5年前に亡くなった義父の介護中、鬱になった。
介護の実働者は私だったのに、センシティブ過ぎる主人は今も鬱のままだ。
私が肝細胞がんだと分かってからは、分離不安のように主人は付いて回る。
診断を受けた私が一番凹むべき所を、先に主人に凹まれてしまったので、私は笑っているしか無くなってしまった。
「実は年末に肝細胞がんだと分かったんです。(笑)」
義母がすっ飛んで私に抱き着いて来た。
「ほら、この通り痛くも無いし、足が浮腫んだり疲れやすくなっただけ。あはは。」
昨年、卵巣がんだと言って大騒ぎした義妹が「私は前世に余程得を積んだみたいで、何とも無いですよ。」と言った。
(卵巣がんでは無かった。)
内心カチンと来たが、この人は恐らく無意識に人の癇に障る人なのだ。
それを聞き、自参のポテトサラダとチャーシューを盛り付け、私は居間に居る事にした。
いつもならスマホから手を離さない義妹が、私に代わって小皿を並べたり動き回っている。
足が浮腫んで立っているのも辛い状態だった私は、嫁に来て初めてお客様を決め込んだ。
見ていると、心做しか義妹が嬉しそうでよく喋る年始の集まりだった。