数年前の6月初め、私は体調を崩し、医者から会社を辞め、実家に戻るよう勧められた。
久々の里帰り。
大学に通うために関西に来て9年。盆や正月に帰ることはあっても、
思えばこの時期に帰ることは、今までなかった。
家に帰った私は、ほとんど毎日、庭で過ごした。
病気で歩くことが困難だったこともあり、庭で、ただ、ぼうっとその風景を眺めていた。
田舎なので正直、庭は広い。
都会の平均的な家なら数件は建つだろう。
そんな庭は、かつて祖父が生きていた頃、「バラの庭」と呼ばれていた。
几帳面な彼は晴雨に関係なく、その庭の手入れをし、何十年もかけてその庭を造った。
殊、5月中旬から6月は、色鮮やかなバラの花が咲き乱れる季節で、
玄関を開けると、甘く気高い香りが私を包む。
実は5月中旬は私の誕生日でもあり、この庭は一層、私を魅了した。毎年必ず私の誕生日を祝ってくれているみたいで――。
そんな美しい庭も祖父がいなくなって十数年たち、彼の手を離れ、自然へかえっていった。
ある日、親戚の子が我が家のその庭を見て「トトロの森」と呼んだ。
確かにそれそのものだった。
かつての色鮮やかなバラは見る影もなく、深い緑で覆われている。
そこは人を寄せ付けない、なにか不思議な感覚を私に抱かせていた。
時々姿は見せずに存在だけを感じさせる「何か」がいたからだ。
後にその「何か」がイタチと知ってからは、深緑区域の悪い印象は払拭されたが。
「トトロの森」と化した庭は今、雑草や草花で賑わい、それぞれ生き生きとしている。
そして「思うように生きればいいのよ」と、私に語りかける。
それは美しく、病んでいた私の心を癒してくれた。
「バラの庭」はもう過去のものなのか?と問われれば、確かにそうなのかもしれない。
しかし私の目には、しっかり見えている。
この庭が将来、一人のおばあさんに愛されて、バラやいろんな生命で満ち溢れることを。