今日の夕方、仕事を終え、
帰りの電車の中で音楽を聴いていたら、
ふと師匠のことを思い出し、
いろんな事がリンクしていって、
なんだか涙が出てきてしまった。
電車の中でこんな風に泣くのは、どれくらいぶりだろう。
今から何年前だろう。
師匠には、前の会社にいた頃、
病気で仕事を辞めることになったとき、
先のことや、近況報告の手紙を出したのが最後になっている。
師匠と出会ったのは、ソムリエスクールに通っていた頃。
私にとっての師匠は私のことを「ワインの師匠」と言っていた。
今思うと懐かしい。
スクールの帰りに、私と、もう1人の友達と3人で、
長い時間お茶を飲んでおしゃべりしたり、
お宅にお邪魔して食事を頂いたり。
師匠の家で経験させてもらったことが、
私の今の基礎みたいな部分になっていることを強く感じるし、
私を今の道へ導いてくれた人ともいえる大切な人。
今どうしているかなとちょっと調べてみたら、
旦那様が定年退職を迎えたあと、地元の姫路に帰って、
そちらで元気に過ごしている姿を、
他の方のブログで見つけた。
最後に会ったときには脚の手術をしたあとだったから、
元気にしているかどうかがとても気がかりだったのだ。
スクールを卒業したあとだったか、試飲会に一緒に行って、
プロとは違うような試飲の仕方というか、
美味しいものだけ飲んでおこうよ的な飲み方をしたあと、
ホテルのティールームで師匠とお茶を飲んだ。
その時初めて、ソムリエになるという話をしたのだけれど、
すぐさま彼女はこういったのだ。
「だめよ。あなたはそんな仕事をしていたら
ストレスが溜まるだけだわ。
この世にあなたのしたい仕事がないのなら、
あなたが作ってしまえばいいのよ。」
その時は全然ピンと来なかった。
確かに師匠は、今の「料理研究家」という言葉が生まれる前から、
料理に携わり、料理教室を開いたり、テレビに出たり、
有名な雑誌の取材を受け、
「テーブルコーディネーター」という言葉が生まれる前に、
そうした仕事を作ってしまった人だった。
今思うと、そんな人に出会って、
「友達」としておつきあいが出来ていたこと自体が、
ある意味奇跡のようなものだとも思える。
でもあの時言われたその言葉が、今は判る。
私がしようとしている仕事は、ちょっと方向性こそ違うけれど、
師匠がしている仕事にとても近いというか、
もう少し先へ行ったような感じの仕事。
名前はまだない仕事で、
いいようがないのでとりあえず
「フードコーディネーター」を名乗っている。
そして、私の人生を大きく変えた人がもうひとり。
それは、飲食の現場に立っていた頃、
いろんなことが働いていた店のオーナーとの間であって、
精神的にボロボロになって辞めて家に閉じこもっていた私を、
半ば強引にうちの相方が現場に戻す形で、
ヘルプで、と1ヶ月入った店で出会ったマダム。
その店では、グラン・シェフとマダムは絶対的な存在。
ふたりがいるとスタッフの間に緊張感がぴんと張り詰める。
料理を覚える上でもたくさんの勉強をさせていただいたし、
グランメゾンのホスピタリティみたいなものを、
教えてくれたのもその店だと言える。
1ヶ月が過ぎて、店の個室に呼ばれ、
これからどうするか、マダムに訊かれた。
もしここで働くのならこういう条件で、という提示をされたあとで、
ただ、はい、はいと返事をしていた私に、マダムが訊いた。
「ねえ、本当は他にやりたいことがあるんじゃない?」
全部見透かされていた。
私がもう、現場に立ちたいわけではないことも、
別なヴィジョンがあることも。
いろいろとしばらく話をして、一段落したとき、
「そうね、りえこさんがそうして仕事をしていって、
もしかしたら凄く有名な偉い人になるかも知れないけれど、
そんなことは関係なく、いつでもここで応援してるし、
あなたはあなたでしかないもの。
いつでも食事に来なさい。待っているから。」
そういって、マダムは笑った。
あの日の夜くらい、帰りに駅まで歩くのが、
すがすがしかった日は、たぶんないと思う。
なんとなく、上手く言えないけれど、
ああ、これで良いんだ、このまま進んで良いんだと。
あの頃が、自分にとっての、
大きなターニングポイントだったんだと思う。
ワインマーケティングの仕事をしていた頃、
醸造家の上司に「醸造やらない?」と誘われて断ったり(笑)、
そこを辞めて、フリーになった時に、
自分の表現したいことをおおらかに受け止めてくれた、
当時お世話になっていた業界誌の編集長の存在。
ライターとして育ててもらったと今でも思っている。
(もちろん、大先輩である相方の存在も大きいけれど)
そんな中で自分なりに出来ることを色々してきて、
今のまだ名前のない仕事をしている私がいる。
去年の暮れ、ある編集プロデューサーさんにお会いしたときに、
「もう、その2つの仕事のオーソリティになれば良いだけだよ」
と言われた。その時もやはり仕事に名前はなかった。
師匠にしても、マダムにしても、人生の先輩。
ふたりにとっては子供みたいな私なんて、到底敵わない。
いろんなことをみんな見透かされているみたいな感じで。
それにしても、たった2日しか仕事していないのに、
何だか今日は疲れてしまって帰りに食事。
2日間、ほとんど眠れていないからね。
家の最寄り駅の近くにあるタイ料理屋さんへ。
お疲れビールが飲みたかったのだ。
何か今日は、社員の人に振り回されっぱなしだったので。
手前にあるのはお豆腐のカリカリ揚げ。
軽く水気を切ったお豆腐に小麦粉をはたいて、
カリッと揚げた物に、スイートチリソースとピーナッツ。
これが美味しいんですわ。
そういえば、師匠はイタリアに料理修行に行ってから、
イタリア料理に傾倒していたせいもあって、
エスニックなものを師匠の家で頂いたことはなかったなあ。
ティーテイスターでもあったから当然かなあとも思いながら、
ビールを飲んでつまんで。
そうこうしているうちに、
頼んだカオソーイのセットが早々と出てくる。
この店のカオソーイ、凄く美味しいので、
これがとても食べたかったんだけれど、
お豆腐に気を取られているうちに、
中の麺(センレックだと思う)がすっかり伸びて、
パスタみたいになっちゃってました(笑)。
そのせいでお腹いっぱいすぎ。
もうちょっと飲みたいところを、今日はビール1杯で我慢。
明日も仕事だしね。
今週は日曜日も撮影がある。
朝から晩までの長丁場だ。
師匠の言っていた「家庭料理の在り方」も今は理解できる。
その在り方が問われるようになってきた今、
改めて、自分の食のライフスタイルを発信していくことで、
家庭料理に目を向けてくれるようになったらと、
今は強く思っていたりする。
そういう意味では夢は果てなく、
今目の前にある目標は、
ほんの通過点でしかないことに気付かされる。
自分の夢って何だろう。
自分の職業に名前がないように、
私の夢には名前がないのかも知れない。
そんな「見果てぬ夢」を求めて、
ただ今は、自分が出来る限りの方法で表現をするだけ。
そんなことを胸に抱きながら、今日は早めに寝ようと思います。

