今、報道ステーションのニュースを見てました。
オバマ大統領が就任して最初にした仕事や、
外交に関する演説について、
そして、イスラエルとガザについてのニュースが流れてた。
グアンタナの収容所を閉じることを決めたのは良い。
拷問はしない、ということを口にしたのは良い。
でも、収容された「テロリスト」といわれる人たちは、
今後どうなるかはまだ決まっていない。
アメリカは、イスラエルを今後も支援し続けるという。
ガザで出ている被害者のことを憂慮する、とは言ったけれど。
胸が潰れそうな気持ちになり、涙が出た。
この間、デイヴに、アイルランド紛争で友達を亡くしたことを、
聞いたばかりだったからかも知れないけれど。
アラブ人が何をしたのか。
ガザの人はそう言った。
それはかつて、ユダヤ人が何をしたと、ナチスに問うたように。
していることの何が違うというのか?
瓦礫の山になったガザの街に流れるコーラン。
ムスリムの人たちの全てが悪い訳じゃない。
それなのに何故、小さな子供までも、
「何もしないから撃たないで」と訴えるのに、
銃殺してしまったりするのか。
100人以上の人々をひとつの建物に閉じこめて、
そこを爆撃するのか。
涙すら流さず、普段と変わらないであろう表情で、
普通に家族が殺されたことを語った女の子。
PTSDの初期症状が、それと同じだと知っている人は、
この世の中に、精神医療従事者以外にどれだけいるだろう。
一生、癒えることのない傷。
おそらく一生、苦しみ続けなければならない痛み。
それを見ていて、
昔アルバイトしていた店に来ていた常連のおじさんから、
言われたことを思い出した。
「ギリシャ神話と、聖書、コーラン、仏教の本は読んでおくと良い」
確かにそうかもしれないと今更ながら思い、
その言葉が重くのしかかった。
目には目を歯には歯を、という言葉がコーランにあるけれど、
それは同じだけやり返せという意味ではない。
それ以上のことをしてはいけない、というのが、本来の教え。
私もコーランはちゃんと読んでいないから、
詳しいことを言えないけれど、
ちゃんと読めば、彼らの気持ちに、少しでも寄り添えるのではと、
そんな風に思った。
残っていた家の壁に残されていた、
イスラエル軍の兵士が書いた落書き。
「アラブ人に死を」「アラブ人の墓」……。
どんな宗教に属していようと、
どんな国のどんな民族であろうと、
どんな人種であろうと、
ひとつの命の重さに、重かったり軽かったりということはない。
全ての命は尊く、等しい。
なぜムスリムだけが目の敵にされるのか。
なぜアラブ人だけが人道的な扱いをされないのか。
それは偏見ではないのか?
例えばエイズが問題になり始めた頃、
エイズ患者を疎外し、人間関係が壊れたように。
遠い昔であれば、有色人種を白人が差別したように。
(今でも差別は残っていると思うけれども)
そして、イスラエル人、
つまりはユダヤ人のすることを、
何故世界中が見て見ぬふりをするのか。
明らかにやりすぎだと、多くの人が思っているのに。
私は、アウシュビッツを忘れてはいけないと思うけれど、
今起きている、ガザのことも忘れては行けないと思う。
これは復讐?
かつては3つの宗教の聖地として、
平和にみんなが共存していた場所なのに、
どうしてそこで血が流れなければならない?
悪いのは誰か。
それを言い始めたらきりがない。
卵と鶏みたいなものだ。
どちらが悪いとか、そういうことじゃない。
人として、今起きていることをどう捉えていくのか。
確かにアメリカにとって、黒人の大統領が誕生したことは、
とても大きな事かも知れない。
ブッシュ政権時にアメリカの保守的な地域に住んでいた友人も、
その脅迫的な政治に対して、強烈な恐怖を感じていたと、
最近になって打ち明けてくれた。
でも民主党政権になったということは、
また日本にもいろいろな要求が突きつけられるというのも事実。
けれどそれよりも、今回のアメリカ大統領選がそうであったように、
今、世界中の人は、政治家なんかよりよほど、
世界が変わっていくことを願っているんじゃないだろうか。
そんなうねりみたいなものを、このところ、
日本という大人しい国の中でも感じているのは、
私だけじゃないはずだと思う。
パレスチナに平和を。
人々に安らぎを。
あ、チェ・ゲバラの話が始まった。
映画も観に行こうと思ってる。2本ともね。
今起きていることを忘れず、風化させないように。
愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶというのなら、
過去の歴史をしっかりと胸に刻んでおこう。
同じ事を繰り返すことがないように。