SARAH COV Peace pin


 


一昨日病院に行ってきて、


手に震えやしびれが出ることを話したら、


整形外科的なものかも、と先生に言われました。


例えば頸椎椎間板ヘルニアとか。


でもそんな怪我をしたことはないんだけどなあとか思いつつ。


 


微熱が下がってきたのはありがたいですが、


相変わらずあんまり無理はできない状態が続いています。


 


それでも明日は出かけるのですが。


大好きなミュージカルを観に行きます。


今、帝国劇場でやっている「ミス・サイゴン」。


 


サイゴン陥落前に恋に落ちるG.I.とベトナム人の少女、


一緒にアメリカで生きていくことを誓い合った二人を、


アメリカ軍の撤退作戦が引き裂き…


 


ミュージカルの中には、


ベトナム人の少女、キムが、


G.I.、クリスに身の上話をするシーンがあります。


 


その場面に来ると、子供の頃に祖母が話してくれた、


第2次世界大戦の東京大空襲のことを思い出します。


私と弟に、サイパンなどの南の島で戦死した兄弟の写真を見せてくれたり、


東京大空襲の時に命からがら、伯母を背負って逃げたこと、


その時のパニック状態などをたくさん話してくれました。


そして、祖母は必ず、戦争ほど辛いものはないと涙をこぼしました。


 


同じ兄弟でもある、新橋の伯母さんも同じ経験をしているんだなあと、


今更ながら思います。


子供こそいなかったけれど、大変だったんだろうなと。


祖母のように、密な関係でなかったこともあり、


そういう話を新橋の伯母さんとすることはなかったけれど、


そんな体験を話してくれる祖母がいた私は、


ある意味で恵まれていたかも知れません。


 


東京に帰ってきて、いろんな事が判るようになって、


テレビから流れてくる、イラン・イラク戦争の戦車の列、


学生の頃、お昼を食べていたときに、


テレビで友達と見た湾岸戦争の空爆の様子。


 


空爆の様子を見ていた友達のひとりが、


「…綺麗」


と呆気にとられながらぽつりとつぶやいたのを覚えています。


残酷なのに、花火みたいだった。


 


 


上のブローチは、私が集めている、


「コスチュームジュエリー」といわれるヴィンテージアクセサリーの、


サラ・コベントリーというブランドの「ピースピン」というもの。


1971年にベトナムの反戦運動のひとつとして作られたものです。


調べてみたら、この年に、ジョン・レノンが「イマジン」を歌っているんですね。


拠点もニューヨークに移して。


 


とても綺麗なデザインも気に入ったのですが、


ベトナム戦争の反戦運動をきっかけにデザインされた、という、


エピソードがついていたことも、このブローチを買うきっかけになりました。


 


でも、反戦運動の陰で、


国のためにとベトナムに行き、戻ったら反戦運動にさらされ、


苦しんでいたアメリカ人もいるんですよね…。


 


この、ピースピンが作られた4年後の1975年にサイゴンが陥落し、


戦争が終結するわけですが、


そのあとも、ベトナムの人たちは苦しみ続けたんですよね。


娼婦達はアメリカ兵や韓国兵の子供を産み、


父親がいない子供達が収容所に溢れかえり…。


 


 


聞いた話によると、今帝国劇場のある有楽町の駅の辺りは、


第2次大戦後にアメリカ軍が日本にやってきた時、


「ミス・サイゴン」に出てくる娼婦達がいるバーのようなものがたくさんあり、


実際に祖母の友人の中には、そうして娼婦をして生計を立てていた人もいました。


ちなみに、帝国劇場の並びにGHQの本部もあったそうです。


そういう意味では、帝国劇場でそうしたミュージカルが上演されるというのは、


流れとして、なんとなく自然なことでもあり、皮肉なことでもあるなと思います。


 


蔑まれながらもギリギリの線で生きてきたそんな女性達がたくさん日本にもいたことや、


同じように戦争孤児になった子供達もいたこと。


そんなことを胸に、明日は観に行こうと思っています。