岩沼市議会の12月定例会で、解体された岩沼市民体育センターの跡地を含む市有地のゾーンに「中央コミュニティセンター」の建設を求める請願書が本会議で4対10の大差で否決されたことは驚きでした。また、その理由も「金がないから」と佐藤淳一市長と全く同じことが語られたのも異様でした。別な理由はないの? 地方議会の「二元代表制」が岩沼においては危うくなっていることを浮き彫りにしました。

 

二元代表制とは、市長や町長ら地方の首長は議員の選挙とは別の選挙で選ばれる仕組みのことを指します。市長ら首長は、議員の中から選ばれるわけではありません。これに対して、わが国の首相(最近だと自民党の高市早苗首相)は、国会議員の中から選ばれます。これは議院内閣制といいますが、首相の名前を書いた議員が、選んだ責任を負うということで「与党」となるわけです。

 

一方、二元代表制の下では議員が首長を選ぶわけではないので、与党とか野党とかの区分けがないのが基本。むしろ、議員たるものは地域の代表といった要素もあるのでどちらかといえば「野党的な存在」であったり、市民サイドの代弁者となり市長の政策や予算執行についてチェック機能を果たしたりすることが求められるわけです。

 

これが二元代表制の原理なのですが、実態としては「市長を支持する」といった政治的なスタンスで与党的な勢力がつくられて、チェックを利かすという「是是非非」の考えが発揮されなくなったりします。

 

ただ、今回の請願のように、中央地区の市民が強く要望し、この地区の町内会長12人もが賛成署名していることをかんがみると、議員がこれを蹴飛ばすのは議会の役割を果たすことになるかどうかは、大いに疑問であります。また、議会側が予算執行者でもないのに、「金がないから」と 切って捨ててしまうのは チェック機能を放棄しているようにも思えます。

 

私は西部地区の朝日自治会(町内会)会長をしていますが、請願にはもろ手を挙げて賛成で、コミュニティセンターは地域の活性化に必要です。ですから、請願の紹介議員になりました。各地区の町内会長とは、連帯感を 持っています。 他人事(ひとごと)ではありません。特に、請願の要旨の中に、「市民と協働 の一翼を」いっそう 担っていきたい と考えます、と書かれてあるのは前向きな決意であり、感動ものです。

 

請願審査を付託された総務常任委員会のメンバーである高橋光孝議員(副議長)は志賀町内会の会長です。また、副委員長の植田美枝子議員は、前年度まで栄町栄和会の会長をしていました。いまは副会長です。こちらの現会長と前会長(現副会長)の2人は請願に反対でした。町内会の総会を開く会場の確保にも事欠く、まちなかの12人の町内会長に思いを馳せることもなく、連帯する意思もなく、よくもまあ「コミュニティセンターは要らない」などと一蹴できるものだと思います。

 

請願に署名した町内会長に共鳴することもなく一刀両断するのは、二元代表制うんぬん以前に、町内会の運営 という 観点からも、「会長仲間としては」 冷たすぎる「政治判断」ではないでしょうか。

 

請願に12人もの町内会長の賛成署名が集まる以前に実は、市商工会長も含む14人の町内会長の 署名を添えた 「中央コミュニティセンター設置についての 要望書」が、代表者から市に提出されています。9月5日のことです。その席に就いた市長や 総務部長らの厳しく、かつ、固い対応は「取りつく島がない」という風だったといわれています。

 

これにならったというか、請願に対する議会の、議員の、、拒絶反応には「二元代表制を何と心得る」と言いたくなります。

 

コミュニティセンターは、玉浦地区にあります。西地区にもできて4年になりましょうか。利用・使用の実数は増えているようで、地域づくりの 拠点になっています。それがない中央地区の市民に「寄り添う」といった思いがない議員が10人もいて、請願を無下に蹴飛ばすとは、、、うち2人が中央地区の議員、というのも寂しい話です。

 

酒井信幸議長も商店街(中央地区)の出ですが、議長なので賛否がはっきりする採決には加わらない立場なのですが、市長の方針と同じく「カネがかかるから」要らないという考えなのでしょうか。気になります。 つまり   二元代表制という立場から 市側に「ものを申さないのか」「物言いはつけないのか」と問うてみたくなります。

 

今回の請願に対しては、議員の中には「今ごろになって提出とは」という感想もあったようです。それが4対10という大差がついた「不採択」になった面もあるようですが、「今ごろ」とは 議員・議会側が 逆に、市民に対してこれまで何もしてこなかった、また、議会で取り上げなかった、 ことなどの裏返しであり、「反省」が あらねばなりません。

 

特に、この1年間の動きは急速でした。市民は知らなかったのです。議員が知るのと市民が広く知るのには、常にタイムラグがあるのです。請願は住民の直接請求でもあり、知ってからの行動でもあるわけです。それを「今ごろ」というのは、請願の制度を否定することにはなりませんか? その、追いつめられての切実な「抵抗」という風にとらえると、議会側が 「大差で 蹴飛ばして 退ける一件」ではない と思うのです。

 

議員の「今ごろ」という感想は、議員として今まで何もしていなかったことを自ら認めるようなもの。「大差で一蹴」という 結果になったのは、所轄の委員会として 請願審査 をした 総務常任委の 高梨明美委員長と植田副委員長が  請願の趣旨を 「(市有地の)民間貸付の白紙撤回を求めたもの」などと誤読・曲解し、その誤りをそのまま本会議に提出する「審査報告書」に記載したことも影響したと思われます。

 

請願は、白紙撤回は求めていません。請願では、白紙撤回という言葉も使われていません。