「言葉は雪の結晶のようなもの」
言語学者のチョムスキーの言葉です

言葉は、雪の結晶のように美しいものとか、雪の結晶のように神秘なもの・・・という意味ではないそうです。

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チョムスキーはよく「言葉は雪の結晶のようなもの」というたとえで説明する。それは詩的な比喩ではなく、三つの重要な意味が込められいてると言えよう。
一つ目は、言語の構造が雪の結晶と同じように、完璧な自然法則に従うということである。
二つ目は、言語の木構造が、雪の結晶構造などのようなフラクタル構造を持つということだ。
三つ目は、どの言語の文も、雪の結晶と同様に無限のバリエーションを持つということである。

「チョムスキーと言語脳科学」(酒井邦嘉  インターナショナル新書)
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一つ目も、二つ目も、三つ目も、最初はよくわかりませんでした。
でも、読むほどに面白くなりました。

酒井邦嘉氏は「文系の学問は、一元論を受け入れにくい」と言います。
┌<引用>────────────────
我々の体が「物質」であり、それを分子レベルから原子レベル、さらに素粒子レベルまでばらばらにすれば、同じものに還元されることは、誰も否定しないだろう。物質である以上、その振る舞いは物理学の自然法則に従う。これにも異論はないはずだ。
「チョムスキーと言語脳科学」(酒井邦嘉  インターナショナル新書)
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二年前に道徳の授業を作りました。
「宇宙から見えたもの」という道徳資料です。
その資料には、とっても不思議な写真が掲載されていました。
宇宙から見た地球上の様々な風景と、顕微鏡で観察した生き物の細胞の姿が、「そっくり」という写真です。
資料には、「すべてがつながりあって、地球という一つの星が生きている」と書かれていました。

同じ頃に出会った本が「ズーム・イン・ユニバース」
 1観測可能な宇宙の地平線、終点
 2時空における最も小さな構造
1と2の写真は、そっくりでした。
2つはフラクタル構造になっていたのです。
神秘的な世界に感動を覚えました。
畏敬の念とは、こういう時に自然と生まれるのだなあと思いました。


そして、今日、もう1つのフラクタルを知りました。
「言語」の世界もフラクタルになっているのです。
ただ、物理の世界と「目に見えない精神、心、意識といったもの」は、認められ方が違うようです。
┌<引用>────────────────
これまで見てきたように、言語学、心理学、情報工学、医学、生物学、脳科学など、チョムスキーの言語学は多くの分野との間に摩擦や軋轢がある。
「チョムスキーと言語脳科学」(酒井邦嘉  インターナショナル新書)
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驚きました。
多くの分野との間に摩擦や軋轢があるなんて!
新しい提案がその価値を認められるのには時間がかかるのですね。
世に価値を認められる日が早くきて欲しいなあと思いました。
VOGUEに取り上げられているチョムスキー 
かっこいい!

┌<引用>────────────────
数年前に日本で講演をしたときも、「沖縄や福島原発の問題に関して私たちは何をすればいいのでしょうか」という若い聴衆の度重なる質問に、「アドバイスを求めるのは権威を求めることです。権威を求めてはいけない。何をするかはあなた方が自分で決めるべきことです。ただ、我々が享受している自由も、決して当たり前のものではなく、多くの人たちの血のにじむような努力の結果得られたものであることを忘れてはいけない」と答え、「指導」めいた発言はしなかった。
https://www.vogue.co.jp/change/article/innovative-senior-noam-chomsky
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