今日の私は三年前と同じ場所にいました。
あの日のこと。
家に帰れなくなって、
後輩と一緒に近くの友達の家に泊めてもらった。
夜、みんなでニュースの映像を呆然としながら見ていた。
『どんどん増えてくよー!』
誰かが小さな悲鳴をあげた。
亡くなった人の数だった。
みんなであの時食べた卵かけご飯は、
たぶん人生の中で一番印象深い卵かけご飯だと思う。
* * * * *
幸い翌日には家に帰れて、
それから数日、非日常が続いた。
テレビの中の事が遠く感じて、
夢でも見ているようだった。
何をしたらいいかわからなかった。
何も感じる事ができなかった。
ただ目の前の心配ばかりしていた。
自分の心が冷たいのか。
弱すぎて閉じてしまったのか。
今でもわからない。
* * * * *
それからぴったり一年後。
震災をテーマにした作品に出演した。
獣の仕業
『せかいでいちばんきれいなものに』
私の演じた“蜂子”は、
まさに震災直後の私のようだった。
そしてさらに約一年後に参加した
福島の詩人、和合亮一さんが書いた『廃炉詩篇』を舞台化した作品、
遊戯空間
『未来からのことば-もし成就するならば-』
現地の人の言葉も織り交ぜた、
圧倒的な現実。
自然の大きさ、恐ろしさを感じて、
もっと自分が無力に思えた。
* * * * *
そして今。
三年前と同じ場所に立って、
自分には何ができるかを考える。
何も変わっていないような気もする。
でも少しずつ、
立場や環境が変わっている。
確実に時間が流れている。
その中で変わらないことは、
役者であり続けていること。
役者である自分には、
一体何ができるんだろう。
* * * * *
私達(表現者)のやってることは、
所詮は娯楽でしかないのです。
それがどんな作品であろうが、
非常事態が起こった時、
まず一番後回しになる。
だけど、それが必要になった時。
少しの隙間に光が見えた時。
あるいは暗闇の只中でも。
誰かの心に寄り添えるのならば。
誰かの気持ちを代弁できるなら。
誰かが笑顔になってくれるなら。
誰かの背中を後押しできるなら。
誰かの心に灯りを灯せるならば。
私達のいる意味はあると思うし、
その為にいる役者でありたいと、
私は思います。
* * * * *
最後になってしまいましたが、
震災で犠牲になった方々に謹んで哀悼の意を表し、
被災地の一日も早い復興を、お祈りしております。
そして、あの日からずっと痛み続けているあなたの心が、
いつかやわらかく解けていきますように。
2014.3.11
* 水川美波 *
