「笑う許す感謝する」を教えていただき、本当に楽にしてもらいました。
おかげさまで無事に次女を出産
長女も次女を可愛がって、お世話もしてくれて、本当に楽しくて充実した毎日を過ごさせてもらっていたと思います


それがまた少しずつおかしくなり始めたのは長女か小学3年生の頃………
小学校入学前に出て、治まっていたチック症状がまた出たり、忘れ物が多いことや、身の回りを片付けられないことを担任の先生から指摘され、家でもトランポリンで跳ねている時間が多かったり、気になる部分があること等もお話すると、「ADHD」等の傾向があるのでは?ということでした…
その頃には私もなんとなく気になっていて、色々調べ始めていましたので、「やっぱりか」といった思いでした。
スクールカウンセラーや発達支援の先生に相談に行き、療育に該当まではしないけど、凸凹があって、生き辛さを感じることがあるでしょうという内容のことは教えてもらいました。
その結果のおかげで、私は「この子には無理に全てやらせなくてもいいんだ。仕方がないのだから。」と思えて、少し楽になったのを覚えています。
ただ、そうなると、色々な場面で声かけの仕方など、たくさん学ばなくてはいけないことが出てきて………
本で読んだ事等色々工夫してみるものの、長女にはなんの成果も見られず…………
やり方が違うのか、タイプを見誤っているのか、頑張っても頑張っても報われない私の思い………
そもそもグレーゾーンって何なのよ………
個性?………
他人の子どもならたぶん何も気にならないけど、自分の子どものことになると、なぜか出てくる「結局ただ怠けてるだけなんじゃないの?」という気持ち………
結局、まだ「みんなと揃うことが正しい」と思い込んでいた私は「正しく生きられるように」と称して、自分の中の正しいを長女に押し付け、思い通りにならなければ怒り散らして育ててしまったのです………
そうして長女が不登校になり…………
「笑う許す感謝する」ができなくなっていた私がしたことは………
自分の今までしてきた判断を振り返り、ダメ出しをしながら自分のことを責め立て、さらに「笑う許す感謝する」から遠ざかって生きること
学校に行けない長女と過ごす毎日は、仕事を休ませてもらってる手前、
笑っててはいけない
キラキラしててはいけない
夢も希望もあるわけない
という、これまたよくわからない変な思い込み…
今なら言えるけど、もうほんと「何してんの
」
「中学生になったら登校できるかも」と言われていたのに、結局1週間で行けなくなって、頼みの綱だったカウンセラーの先生も長女に断固拒否され、ようやく再び「笑う許す感謝する」ができてないと教えていただき、少しずつ軌道修正を始めました
今もまだ不登校真っ最中で、「中学生になったら登校できるかも」という期待がなくなった分、むしろ現状は厳しくなったのかもしれませんが、私は今の方がずっとずっと生きやすくなりました
「笑う許す感謝する」を教わって大きく変わったのは、私自身を大切にする気持ちと、私自身の世界の見方
「変えるのは自分じゃなくて生き方」
私もようやく少しずつわかり始めたところですが、もっともっとたくさんの人に伝われば良いなと思います
最後までお読みいただきありがとうございます