読み始めてほどなく、先が知りたすぎて、よせばいいのについつい先の部分を読んでは、自分で自分にネタバレさせるという愚行を何度もおかしました(笑)

読者がどんどんページをturn(めくる)せずにはいられないほど面白い本のことを、英語で「page turner(ページターナー)」と呼びますね。読者にページをturnさせるもの、という意味の。
この作品は、まさしくそんなページターナーだった。

多崎つくるを奈落の底に突き落とした、高校時代の同級生4人。
その主導権を握ったのがクロだったとわかり、事の経緯が明らかにされたときの衝撃はすさまじかった。
なぜそこまでする必要があったのか。
もっとほかに方法があったのではないか。
どう考えても、つくるの受けた仕打ちはあまりに残酷すぎたのではないか。
この点には、やや消化不良の感覚が残る。
だって、つくるはある日突然4人から拒絶され、死が頭をよぎるほどの苦悩を味わわされたのだから。
それだけでなく、以後16年もの長きにわたって、つくる本人にはまったく身に覚えのない、「冤罪」とも呼ぶべき罪を、知らぬ間に着せられていたのだから。

それぞれの「色」を持った個性的な登場人物がたくさん出てきて、それもこの作品に厚みと興味深さを持たせ、ページターナーであるゆえんになっている。
ゲイと思われる男性もふたり、出てくる。
そのふたりの生き方を見て思ったのは、ゲイの人(ひいてはLGBTの人)は、自分とは違う性的嗜好を持つ相手を好きになった場合、人生の舵取りがうまくできなくなるほどの苦悩を味わうのかもしれない、ということだ。
つくるにとって大切な親友だった灰田は、真夜中に起きたあの出来事をきっかけに、つくるの前からこつ然と姿を消し、二度と姿を現さなかった。
本作とは違う話だけど、QUEENのフレディ・マーキュリーも、最期は孤独にさいなまれながら45歳でこの世を去った。最大の理解者だった恋人メアリーを裏切ったりしなければ、もっと多くの素晴らしい楽曲を遺せていたかもしれないのに。

つくるがフィンランドまで会いに行ったクロに、別れ際に言われた言葉が、この作品の中で一番深く、鮮やかに、印象に残っている。
自分は個性も色彩もない人間で、まるで空っぽの容器みたいだと、自分に自信をなくしているつくるに対して、クロはこう言い切った。

「たとえ空っぽの容器だとしても、それでいい。
君はとても素敵な、心惹かれる容器なのだから。
自分がどんな人間であるかなど、本当は誰にもわかりはしない。
それなら君は、どこまでも美しいかたちの入れ物になればいい。
誰かが思わず中に何かを入れたくなるような、しっかり好感の持てる容器に」

このセリフを、陶芸という「入れ物」を作ることに情熱を注いでいるクロに言わせたからこそ、言葉のひとつひとつがより説得力と重みを増して、読む者の心を揺さぶる。
村上作品のこういうところが、ハルキストの心をとらえて離さないのだろうな。