今、南相馬市は地震、津波、原発事故により

多大な被害を被っています。


最初は、津波で家を失った子供たちに学用品を贈ってあげようと、

行動を起こしました。

しかし、日が経つにつれ原発事故の影響で

市民は避難を余儀なくされ、

散り散りの生活になってしまいました。


子供たちはなぜ避難生活を送らなければならないのか、

大好きな友達とも離れ、

あるいは、両親とも、家族とも離れ離れで

都会の学校生活を送っている子供たちもいます。

「なぜ、家に帰らないの?」

「なぜ、もとの学校へは行けないの?」

「なぜ、外で遊んではいけないの?」

小さな子供たちは理解できません。


親も、放射能は子供にとって影響が大きいと分かっています。

できるなら少しでも原発から離れて子供たちを育てたと思っていても、

現実は「働かなければ生活できない」。

会社の都合でこの地にいざろう得ない方もいます。


南相馬市は、そんなやむを得ない状況下で学校を再開しました。

それも、一つの学校に3~4校の児童・生徒が集まって

ぎゅうぎゅうの状態です。

廊下や体育館で授業をしているところもあります。

放射能の影響で校庭で遊ぶこともできません。

登下校も市で用意したバスでの通学です。

子供たちにとっては、とても窮屈な思いです。


原発事故の一番の犠牲者は子供たちです。

原発を作った大人たちは、子供たちの夢や未来を奪ったといっても

過言ではないかと思います。


未来を担う子供たちを支援したい。


南相馬市へ文房具を送りたいと問い合わせたら

「物資は足りている。保管場所がない」と断られたと

メールやツイートをいただきました。

市議会議員の方に聞いたら、市では実際に断っているそうです。

なぜなら、市内の商店などが営業を始めたから

なるべくそこから買い求めてもらうためだそうです。


しかし、買うにも買えない方もいます。

いろいろと多用でそこまで手がまわらない方もいます。

自分の子供のころを思い出してください。

他の子が素敵な消しゴムを持っていたら・・・

みんながシャープペンを持っていて、自分だけがなかったら・・・

みんなと、友達と同じものがほしいと思いませんか?

この感受性が最も不安定な時期に、悲しい思いだけは少なくしたい。


文房具は消耗品です。

いっぱい書いて、いっぱい使って、いっぱい学んで、

楽しい学校生活を送ってほしいと思います。


現地に行ってボランティアをしたいが時間とれない。

家族や子供もいて行くことができない。

あんまり支援はできないけど、少しでも役にたてば。

そんな方々にも心のこもった支援をいただき、この輪が広がり

思っていたよりも多く配れそうな状況になってきました。

北海道から、福岡まで、そして被災地の県からも

なんと香港からも送っていただきました。

ほんとうにありがとうございます。


自分で出来ること、もう少し頑張ってみます。



「故郷に必ず戻る」


-原発で全国各地に避難-

 富岡の中学生7人が手記


福島第一原発事故で全国各地に避難した富岡町の中学生7人が、

携帯電話のメールで交わしたメッセージを手記にまとめ、

4月20日までに共同通信社に寄せた。

富岡町は福島第一原発の避難指示区域にあり、
町内には福島第二原発がある。
7人は県内や栃木、群馬、埼玉、大阪の各府県に散り、

避難先の学校で新学期を迎えたばかり。
互いに支え合おうと交わしたメールには、

故郷を去らなくてはいけなくなったことへの強い怒りや

政府の対応への不満、疑問がにじむ。

手記にまとめた女子生徒(14)は「いつか政府の人に直接伝えたい」と話している。


 (手記の内容)


 私たちは福島県富岡町の中学生です。

今回の震災、原発事故により、やむなく故郷を立ち去りました。

今まで一緒に過ごしてきた仲間、先生方、地域の方々と離れ離れになり、

連絡がとりたい人がいてもとれない状態が続いています。
 「温かい食事をする」 「お風呂に入る」 「洗濯した衣服を着る」

「仕事をする」という当たり前の生活が被災地にはありません。

今も避難所の硬い床で寝ている人がたくさんいます。

段ボール一枚で隣と区切られているだけです。
 避難所から出て、知らない土地にアパートを借り生活している友達がいます。

親は仕事が無くなり収入が入ってきません。

それでも着の身着のまま逃げてきた人は

本来買う必要のないものにお金を使ってしまいます。
 津波で家が流され、仕事場が流され、家族が流され、仲間が流され、

毎日が苦しくて悲しくてつらい人、家があるのに帰れない人、

苦しむ理由はそれぞれですが、みんな毎日先が見えない現実と戦い続けています。
 今の政府の対応には不満が募っています。

もっと具体的に説明してください。

計画的避難区域に指定される地域はなぜそうなったのか、

漁業関係者が反対したのに低レベルの汚染水をなぜ海に流すのか。
 この文章は仲間とメールのやりとりをしてまとめました。

中学生の考え方では伝わらないかもしれません。

こんな文章じゃ何も変わらないかもしれません。
 全国に友達が散らばりました。

電話で声を聞くだけです。

仲間に会えず毎晩泣いています。

顔を向き合わせ話がしたいです。

 大人は「もう戻れない」 「戻るには10年かかる」 と言っています。

なぜ大人はそういうことしか考えられないのでしょうか。

私たちは故郷に戻ります。

いつか必ず戻るとみんなで約束しました。
(以上 全文)



利権を追求してきた東電と国策として原発を推進してきた国。

原発に恩恵を受けてきた私達おとな。

私達おとなの世代に原発が出来ました。建てたのはおとなです。

そして、原発事故により東京電力と政府、原子力保安委員の対応のまずさが重なり、

これまでの楽しい生活が奪われました。

家を離れ、家族とも離れ、両親とも離れて一人他県で生活している子供もいます。

とっても大好きな友達とも離れ離れになりました。

好きだったスポーツも出来ません。

学校へも行けない、行っても校庭で遊べない。

思い出や、未来への希望も子供たちから奪い取った。

それは原発を建てたおとなです。

事故を止められず、事故を大きくしたおとなの責任です。

なんでこんな事になったのか分からずにいるのが子供たちです。

「なんで防波堤を大きく作らなかったの?」

「なんでもっと頑丈に作らなかったの?」

想定外なんていう言葉は子供たちには通じません。

子供たちに責任はありません。

そんな責任のない子供たちに、

将来に亘って放射能の影響が降り注ぐのは、

あまりにも可哀想だと私は思う。

だからこそ、子供たちを支援したいと思う。