ミミポポと読者の方へ

まずは出会った時の話から…
ミミポポとは16才の頃、イベント関係のお仕事で
一緒になったきっかけで仲良くなりました。

出会った時から、ミミポポは本当に自分に
ストイックで、私からみていて
しんどく無いの?
って思うくらい真面目で純粋で、
妥協もしない。そんな女の子でした!

ギャルやのに笑

また、出会って間も無いのですが
親元を離れて暮らす私の家で一緒に住む事になり、
私のお誕生日に文鳥と
ミミポポがやってくる事になりました!

まさかの文鳥プレゼントと言う
凄いサプライズをサラッとするところもあります笑

私は文鳥の足が苦手でしたが、笑
2人で"姫"と名付け
とっても可愛がって育てました!

(ちなみに未だに文鳥に慣れていません笑
足がやっぱり苦手です笑)


そんな青春を一緒に過ごしてきた
ミミポポから電話で
ある日、突然思いもよらぬ報告が、、

「乳がんになった」

その瞬間、私は咄嗟に「うそやん!!!!」
と、それに対しミミポポは
「そんなん冗談で言うわけないやん」
って怒られたのは今でもはっきり覚えてます泣

冷静に伝えてくれていて現実味も無く
私もなんて声を掛けてあげれば良いのか分からず
その後の会話の記憶は曖昧です。

ただ空気が一瞬で重くなりました。

今となればもっと寄り添い、
気の利いた事が言えていたらと後悔です涙
(後になってわかったのが、あの時一緒懸命
泣きながら、私に報告してくれていた事、、)


その後、私の知識の中では標準治療を
していくものだと思っていた頃、
ミミポポから化学療法で癌をただ叩くだけでは
根本的に治ったことにはならない事、
食事療法で身体を変える事、
癌が好む環境を排除する方針で行く事を聞きました

私も、ミミポポが教えてくれた内容に
共感がもてたし、本人自身が一番癌を勉強し、
治療法を探している中で
安易に標準治療を勧められなかったのも事実です。

なので、ミミポポの意見を尊重し、
私も信じると言うスタンスで見守る覚悟を
決めましたし、なにより
ミミポポは癌を克服するし、
絶対大丈夫って思えたのです。


食事療法や免疫治療を実践していく中、
普段通りにスタバでお茶したり……
(ミミポポは食事療法の為カスタムオーダーを
していました)

プチ旅行へ行ったり、買い物したり、
私の家まで電車で2時間近くかかるのに
遊びにきてくれたり……

本当に言わなければ、癌を抱えているなんて
わからないくらいアクティブで
私にはミミポポが変わらず元気に見えましたし、
絶対大丈夫と信じる思いもあり、
気には掛けていても健常の時と同じように
普段通り接していました。


理由の一つは
"大切な人が癌になった時の接し方"と検索した時に
「普段通りに接して欲しい」
と書いてあり、その言葉を
気をつけていたのですが、、、


実際、ミミポポとは思いのズレがあり、
特別扱いでは無くても相手の立場に立って
寄り添い一緒に考える事、
思いやる気持ちが足りず、
凄く傷つけてしまった事もありました。


どんなに見た目ではわからなくても
癌と戦っている事は事実です。
普段通りに接したとしても
配慮する事が足りなければ逆に相手には
無関心に思えてしまう事もあるのでは無いか? 

もっと話を聞いてあげて、寄り添う事が出来たと
今となってはすごく後悔し、
とても反省した事の一つです。


変わらずいた月日が数年流れた後、2019年

年明け、2.3ヶ月空いたLINEのやり取りで
最近歩く事が困難な事、
股関節に違和感がある事を聞きました。

日に日に良くなる様子もなく、
ついには介助無しではいられない事、
電話での会話も息が続かず辛い様子で、
これはただ事では無いと、
ミミポポの家に駆けつけたのが2019.9月です。


状況を聞くからして、骨転移もあるのでは?と
何度かやり取りしましたが、
ミミポポは検査をする前で、筋肉の炎症、
ソファでの生活の後遺症と言っていました。

私はかなり深刻なんだろうと覚悟はしましたが
ミミポポに会うまでの電車の道のりは
心臓の鼓動が激しかったのを覚えています。


久しぶりに会ったミミポポは
何ヶ月か会わないうちに見違えていました

それもそのはずで、
まさしく余命を宣告されていた時期だったのです。


もっと早く行けば良かった、、、


あまりにも壮絶な状況に、ショックで
言葉を失いました。

(ここでも私は普段通りに接するよう、
目の前で絶対に泣いてはいけないと堪え、
ミミポポが不安にならないようにと
必死に気丈に振る舞ったのですが、
後日ミミポポと話した時、
素直に感情を出してくれても良かったよと
教えてくれました。)


放心状態のまま帰宅後、
どっと色々な感情が入り混じり
ただただ号泣するしかありませんでした。
 

壮絶な状況の中
痛みと戦いながら身体を動かす姿
泣きながら必死にトイレへ向かう姿
座っているだけでも辛そうな姿

今まで本当に辛かっただろう
怖かっただろう
もっと寄り添って欲しかっただろう
話を聞いて欲しかっただろう

私はなにを見て、聞いていたのだろう
私に出来ることは何か
なぜ何もしてあげなかったのか

これからどうなるのか不安で不安で
激しい後悔です

四六時中そんな事を考えながら、ミミポポが
少しでも癒され、回復する事を祈りました。

(私はクリスチャンではないですが、
普段ミミポポとの関わりからか、
自然と祈りって出てきます)


そして私に出来る事はなにか、
今のこの辛い状況で少しでも気分転換になるならと、会える時は数分でも会いたい!!

ミミポポにとって今何がして欲しいのだろう?
どうすれば少しでも癒されるだろう?

私はミミポポの手を握り、頑張ってるねって
言ってあげたい。

痛い足をさすってあげたい。
頭を撫でてあげたい。

気づく事が本当に沢山ありました。


その後、何度か会いに行く中でも
大量出血での輸血や大変な時も沢山あり、
一時はどうなる事かと思ったけれど

今こうしてブログを書いたり、電話で長話を
出来る様になったりと奇跡の回復を
見せてくれているミミポポ♪


ミミポポには昔からの口癖があり、
私は本当に幸運の持ち主だと!!

やはり期待を裏切りません!ただでは転びません!
絶対に起き上がる!!
それでこそミミポポなのだと日々思う
今日この頃なのです!



親愛なるミミポポへ

いつも色んな気づきをありがとう。
自分と向き合う事の大切さを
教えてくれてありがとう。

辛い時、泣きたい時、楽しい時、笑いたい時、
これからも一緒に分かち合いましょう!

あなたがいてくれて本当にありがとう!!
私は末永く隣にいます♪


お読みいただいた皆様へ

最後までお付き合いただき
ありがとうございました!

もし、身近な方が病で大変な時だったり、
接し方に悩んでいる時は、
先ず相手の心に寄り添ってみる
そして、自分の出来る事を探してみる事が
大切なのかもしれません。
私もまだまだ勉強中です!

この私の経験が、
なにかのヒントになれば幸いです。


最後に

この記事は、私からの視点で
書かせていただきましたが、

ミミポポは努力家で妥協をせず自分と常に向き合い
時には不器用ながらも思った事を一生懸命に
伝えてくれ、相手や自分を大切に考えれる人です!

少しでも知らない一面を
お届け出来ましたでしょうか?

そして私は今、ありがたいことに
ミミポポに行動で、言葉で伝えることができます!
私も今を大切に生きたいと思います!

(↑若かりし16歳、祇園祭にて。
私たちにもこんなギャル時代があったのかと……
今では笑い話でもあり、宝物のようないい思い出ですほっこり笑)

このメッセージ
わたしが16の時からずっと
にいてくれた心友からの
メッセージですぐすんぐすん

今、私は34歳なので
もう私の人生の半分以上
で見て、一緒に成長してきた
大切な友人の1人です
ほっこりほっこりほっこり

この、心友のメッセージは
がいつもするような
を変えたりなど、変に手を加えずに
原文をそのまま
編集せずに載せさせて頂きました

今回、このようなメッセージをくれ
私も知らなかった心友
いや後悔があったこと
……
色々付かされたり……
読んでいて
感謝が溢れました笑い泣き笑い泣き


この心友いのように
とは違った視点
……
ガンになった私を家族の次に
1番くで見ていた心友
この経験が、誰かの
参考にでもなれば……

私たちは、しい限りです!
ウシシウシシウシシ

(↑心友の長女と一緒にキラキラ同じようにギャルをしていた心友も
今では立派な2児の母になっています!ウシシ↓↓↓
この頃の私は、既に乳がん告知後でしたが
腫瘍はまだ飛び出てなかった頃だと思いますほっこり)


  "友はどんなときにも愛するもの。
  兄弟は苦難を分け合うために生まれる。"

箴言 17:17



mimipopo