すごく久々すぎて


こっそりと



一応げんきです

生きてます

なんとかね


だいぶ良くなりましたよ?


ねむるおくすりと

とんぷくはほとんどのまなくなりました


びょういんが開催しているショートケアにも

少しずつ参加回数を増やしていけてます


あとは

メインのおくすりがへらせれば・・・


でも

焦らない焦らない




ちりょうの一環として

断捨離てきなものを

意識や身の回りのモノに対して

少しずつおこなっていたりするのですが


私にとって清春さんは

もちろん無くてはならないものなんですが

それに付随するもの・・・と言いますか


発売されるものや行われるものについて


なるべくついていきたい気持ちが大いにあって

ついていけない自分が悔しかったり

ついていける人を羨んだりと

苦しみに揺れることが多かったりするんですが


それってかなり、楽しめてないじゃないですか?

本来は、純粋に楽しむだけでいいことなのに



じゃあ、一番シンプルな自分の想いは?というと


「私は、清春さんの音楽が好き。」


だったら、まず、音楽だけを楽しめばいいんだ、と





今、私は自分の人生の中で

一番の底にいると思う


もしくは、身一つで無人島にいるような



だから、生きるために必要最小限な暮らしをするのが

一番負担がなくて、心地いいはずで


それならばと

色んなものの一番大切な、根っこにあるものだけを

自分のまわりに集めてみようとすると


さっきも書いたけど、

清春さんは無くてはならないもの

その中でも一番大切なものは?

清春さんの創る音楽

なんだから



まずは、それだけを感じて生きればいいんじゃないかなぁと


だから、清春さんの発するもの

色々が見たくて手に入れたくてってなる欲は脱ぎ捨てて

もっとシンプルにいきたいなぁと



もっと、色々抱えられるようになったら

また求めればいいんだからと



最近は、そういう風に考えています



何が言いたいのかよくわからないけど








浜松の夢のような一夜からこっち


なかなかに調子がよいです


ほんとにげんきんなみみおさん・・・




少しずつ

買い物や料理もできる回数が増えてきました


そんな今日も

スーパーでお買い物するついでに

すごく久しぶりに

近くの本屋に立ち寄りました


1冊の雑誌を買うことにしてレジに向かうと

店主のマダムが


「・・・あなた、学生さんだったっけ?」と訊いてきました


いえいえ、すっかりイイ歳です

子供が小さい頃、よく絵本を買いに来ていました

と答えると


「ああ、ああ、思い出した!

お仕事の帰りに、駅から寄ってくれてた」

と、マダムが覚えていてくれたのです



接客業をしていると

街などでお見かけした方に見覚えがあって

はて、誰だっけ、何処でだっけ・・・

となることがよくあります


よく思い出してみると、病院の受付の人だったりと

仕事と関係ないことも多いのですがw



まぁ、そんな感じでマダムも

レジに立つ私を見て

「はて?」と考えていたのでしょう



仕事に行けなくなって

会う人はほんの身内だけ、な日々が殆どになって

世間と切り離されたような気持ちが

無意識のうちに植えつけられていたのですが


このマダムのお声掛けで

あ、私のこと、覚えててくれてる人がいるんだ

って

すごく嬉しくて

つい

下まぶたが熱くなってしまいました



アイス屋さんで働いていた頃

2~3歳だったムスメロと

電車で帰宅していました

駅のすぐそばにあるこの本屋さんで

月に2、3回は絵本を買ってあげていました


小さくぷっくりした手に

絵本の入った紺色の袋を下げて

もう片方の手は私の手に包まれて




あの頃も

色々と大変なことがあったけど

思い返すと

切なくも温かい気持ちになってしまう



今この時も

いつかは

温かい気持ちで思い出すことが出来るのかな




晩秋に植えたチューリップの球根が

芽を出してきました


春はもうすぐ

ムスメロが2歳くらいのころ


腰を落とし気味にした姿勢で

グーに握った手首をくるくるまわしながら

すり足で歩く(顔は半笑い)


という動作を時々やっていまして


ある日

「何それ?」と訊いたら

「・・・はままつ」と答えられたことがありました


未だに意味は不明です




さておき


行ってきました浜松


ひとことで言うなら

「楽しかった」


すごく温かくて

優しくて

愛おしくて

どこか懐かしいような


すごく遠く長い旅をしてきて

やっと帰ってこれた場所のような感じでした


行くまでは

ずっと泣いちゃうんだろうなと思ってたのに

楽しくて幸せな空間でした


最初

みんななんか大人しいような探ってるような感じで

清春さんも戸惑ってるような

寒かったからかお声もちょっと掠れてるような

※それがまたセクスィなんですけどね


でも中盤からだんだん急激に会場が熱くなって

ひとつになったような盛り上がりで


清春さんもすごく嬉しそうになってきて

お声はどんどん艶やかに艶っぽさと伸びやかさを増して



そして

せっかく来てもらったんだから笑い合えていたい

悲痛な顔をしてほしくない

そんな話もしてくれて


清春さんは当然、私のことなんて知らなくて

それに、他の来てる人たちだって色んな事情を抱えてて

それぞれに救いを求めてる部分もあって来てるんだろうし

だから当然、みんなに向けて言った話なんだけど


なんか見透かされたというか



涙と一緒に洗い流そうとしても

過去や記憶は消せないんだから


ちゃんと受け止めて、ふんわりと温かく包んで

心に刺さらないように

無闇に晒さない様にするのが一番の治療なんだよって


清春さんに言われた気がしました




そして

一番聴きたかった

「涙が溢れる」


―ねぇ、明日が 来なかったとしたら―



うつ病って

突然、どうしようもなく理由もなく

明日とか未来とか希望とか

そういう光を感じられなくなる病気で

(心の持ちようではなくて、脳のホルモンの作用だから

なってる本人も戸惑うくらい唐突で脈絡がないの)


味わって初めて

こんなに辛いものなのかと思い知らされた

そんな中

この曲の冒頭にこの一節がきて


いままで好きだった物事にさえ

興味を持つ気持ちも奪われていた私に

清春さんに逢える場所への憧憬や望郷

という力を戻してくれた



いつも見透かされる

そんな筈は無いのに

そんな風に思わせてしまう


きっと、清春さんを好きな人みんな

そう思ってるんだろうな


だから逢いたくなる

逢って、確信する

愛して良かった、って



気付いたらいっぱい叫んでました

「ありがとう」って


大きい声出すのなんて

泣いてる時以外では1年ぶりくらいだよw



なんか、すごくひとりよがりで

どんなライヴだったのか全然伝わらない

それこそ「チラシの裏に書いとけ」な文章になってしまいましたが



色々考えさせられた

心に強く残る

私の人生においても大きな糧となったライヴでした