12月18日


夕食後、いつもの通り病棟内ウォーキングと洒落込んでいた。
iPod からはお気に入りの音楽。

(傷も痛くないし、ちょっと回ってみようかしら?)
なんて考えながら、上機嫌でお散歩。



ナースステーション前にさしかかった時。

「あぁ、平山さん。」

・・・ダースベーダーのテーマ !!



この日は、朝からこの時間まで一度も襲撃がなく、
存在をすっかり忘れていた。
・・・油断していた。
こんな時間に!!

「平山さん、部屋戻ってベッドに仰向けで寝てて。すぐ行くから。」

なんですと!?
今更何をしようというのだ?
恐ろしさがこみ上げる。
どうにか部屋に向かって踏み出すと、
私の背中にかけられた言葉は、

「ホチキス外したいんだよね」



(ホチキスって何!?)



アルバイト先の学生の男の子が、少し前に盲腸の手術を受けた。
私と同じ腹腔鏡での手術で、小さい傷が3つとか。
傷は”ボンドで”止めたとの事。
ボンドでくっ付けた後、透明のテープで保護。
傷が残りにくいという。

(すごい世の中ねぇ。)
感心した。

そしてなんと、自分の傷も”ボンドだと”思い込んでいたのだ !!

なんと言っても、”痛がりの恐がり”な人である。
着替えをする時も目をそらし、
この日まで、自分の傷をちゃんと見ていないのだ。

もう大変。
ボンドではないらしい。
いや、ボンドでないどころか、ホチキスを”刺されて”いるらしいのだ。


部屋に着いたが、ベッドに横になる勇気など、ありゃしない。
オロオロしていたら、

「早く寝る !! 」

K先生が来てしまった。

おずおずと横になり、
「あのぅ・・・本当に傷はくっ付いているんでしょうか?」
と問うと、

「 !! 医学的に、2日間でふさがると言われてます!! 」

(ひぇ~ !! 疑っているわけではございません~ !! )



相変わらず ”前置きなし問答無用”な人である。
もう逆らう事など出来ない。
息を呑む私・・・

パジャマの前を開けると、
そこにはもちろん、腹帯が巻かれている。
ウエストのゴムが傷に当たらないように、と巻いたものだ。

それが、ダースベーダーをイラっとさせた。


K先生 「何でこんなの巻いてるの !? もういらないよ !! 」

私 「だって・・・パジャマのゴムが傷に当たったら痛いから・・・」

K先生 「当たらないよ !! 傷を見てごらんよ。一番下の傷、ここだよ !!」

私 「やだ。恐くて見れないんです・・・」

K先生 「見る !! 」


このやり取りの間、涼しげな顔で、
ホチキスを何かでパチンパチンと切っていた。
相変わらず手際がいい。

そして、切ったホチキスをどうやってか、傷から外していく。
少し突っ張れるような感覚に、

「イタタタ・・・」
思わず声が出た。
すると・・・

K先生 「痛くないっ!! 」


( ・・・いや、痛いです。人間なんで。)



そして全てのホチキスを外すと、

K先生 「傷の上から貼ったテープ、自然に剥がれるまで、自分でむしらないで」

私 「はい。しません。」(良いお返事。)

K先生 「あと、腎動脈、クリップで止めてあるんだ。ちゃんと血管が塞がるまで、2,3ヶ月位。
重い物持ち上げたり、踏んばったりしないで。」

私 「はい。しません。」(とても良いお返事。)



するとふいに、
信じられない一言を。
(もうだいぶ慣れてきたが)

「何でまだ点滴してるの?」

(あなたが看護師に指示しないから、いまだにあるんでしょうよ・・・)



そして部屋にいた看護師に向かって、

K先生 「平山さんの点滴、いつまでオーダー入ってる?」

看護師 「明日まで普通に入ってます」

K先生 「もういらない!取っていい。」

看護師 「先生、平山さんが消灯の時に痛み止めを希望されてます。」

(わ!またイラっとした!)>

K先生 「まだいるの !? いらないよもう!」

私 「・・・痛みで眠れなくなるのだけはもう嫌なので・・・」
(もう消えてなくなりたい)

K先生 「(でっかい溜息、そして) じゃ、それで終わりね!シャワーも浴びていい。」


そして、看護師に痛み止めが終わったら針を外すように指示すると、
”ガチャガチャいう何か”を抱えて去っていった。



ポカンと口を開けたまま、廊下に消えて行く背中を見送っていると、

「そんなわけなんで・・・痛み止めが終わったら、針外しに来ます。
起こしちゃったらすみません・・・」
看護師が遠慮がちに声をかけてきた。

彼も慣れているのだろう。
私と同時に廊下に目をやり、首をすくめて、
「ふっ。」
一緒に笑った。



私は思うのだが、
医師を志す者は、一度はお腹を切られてみるといい。
というより、
医師免許を取得するには、
”お腹を切られる”事が必修であってもいいくらいだ。

我ながら名案だと思う。



こうしてこの夜、無事にホチキスと点滴が外れ、
とっても”身軽な患者”となった。