『母の回想』とシリーズ化してみたけれど、ほんと全然更新できず

間延びしてしまって何が書きたかったのかわからなくなってしまった💦

 

母はホントにずっと元気で、自分でも病気だなんて思ってもいなかっただろうし

私も母の病気が発覚する数日前に娘と話してた記憶があるんだけど

私も夫も父親はもう亡くなっているので

娘は生まれたときからおじいちゃんがいない。

 

だから娘が『なんでおじいちゃんがいないの?』って言った言葉に対して

 

『おじいちゃんはいないけど、あんな元気なおばあちゃんがいるやん(^^)

あんな元気なおばあちゃんはなかなか居ないよ~』ってお話してた。

 

娘もすぐ嬉しそうに『そうやな♪』と言ってて。

 

その後すぐに母に末期癌が見つかったからホント衝撃が強すぎた。

 

おばあちゃんは運動が大好きで、私なんかよりよっぽど身体を動かしていたし

頭も切れるし、なんでもテキパキこなす。

 

60歳過ぎてから始めてたボーリングでは最高スコア222点だっていうし

病気が発覚した8月は友達と旅行に行っていつも通り

食べて飲んで観光してたみたい。

 

 

そんなおばあちゃんの病気の告知があったのが金曜日。

 

その週末(土日のどっちか)で子供たちはおばあちゃんに自宅で会った。

 

そして火曜日からおばあちゃんは入院することになっていた。

 

余命は3か月とは言われていたから、もちろん一旦退院はするつもりをしていたけれど

あれよあれよと病状が悪くなって、その後一度も退院できず

3週間でおばあちゃんは亡くなった。

 

病院はコロナの関係?で12歳以下の面会は禁止されており

その後子供たちは一度もおばあちゃんに会うことができなかった。

 

本当なら3連休あけたら退院しようという話になっていたけれど

3連休、面会もできない間に体調はドンと急に悪くなり、それどころではなくなった。

 

母の死の2日前に

病院に入れない子供は窓越しに面会できるという制度があるらしく

それをするかどうか看護師さんに聞かれた。

 

その時、学童にいてた娘に電話で聞いてみた。

『今日なら、窓越しだけどおばあちゃんに会えるみたいだけどどうする?』って。

 

あんなに元気だったおばあちゃんが痩せて

覇気もなく、目もあけていられないような状態になっている姿を見たいだろうか。。。

 

海外に住む姉も、母と自宅で生活するつもりで

帰国してくれており、姉とも話ていたけれど

 

日本ではこれで最後だからって会った方がいいっていう言い方もあると思うけど

向こうでは必ずしもそうではなくて

 

元気なおばあちゃんのイメージのままでいたいっていう気持ちもある

 

きっと最後につらそうなおばあちゃんを見ると

そのイメージがずっと残るだろうし、余計に辛くなるんじゃないかと。

 

まだ小1の娘にその判断をあおるのは酷な気もしたけれど

それでも会いたいと思うか、会いたくないと思うか聞いてみた。

 

するとこちらが何か言う前に、娘は『会いたくない』と。

 

何が正解かはわからないけれど

今となれば、私はそれでよかったと思う。

 

母が亡くなって半年たつけれど、やっぱり思い出すと悲しいな

 

人の死ってこんなにあっけないものなんだとつくづく感じる