先日のブログで「自分のことは自分でしか幸せにできない」と書きました。
それは自分の家族や子供にさえも当てはまる事だそうです。
そう思うと・・・私は娘の将来のことを心配しすぎてはいないだろうかという疑問が湧いてきた。
娘の将来を背負おうとしていないだろうか。
息子の将来を背負うのが嫌で、逃げているのではないだろうか。
今の時点で息子のことはさておき・・・
どうしても親の方は子供と自分をニコイチで捉えてしまうところはないだろうか。
とくにまだ小さな時期は。
私はその傾向がとても強かったと思う。
ホント目の中に入れても痛くないってくらい娘のことは溺愛していたし(笑)
娘が受ける評価=自分が受ける評価
みたいな感覚があったように思う。
自分の所有物のような感覚!?ちょっと違うけど、似てる感覚はあったと思う。
そして将来、弟がダウン症だからって友達付き合いや、将来彼氏ができた時に辛い思いをしないだろうか…
そんなことを考えると辛くて辛くてしかなたなくなる。
でもいくつかの占いで言われたこと。
「娘さんの魂が弟さんを呼んだ感じだね」って。
ほんと何人もの人に言われた。
(どんだけ受けてるねん!!って思ってもそこはソッとしといてくださいm(_ _"m))
私は今まで障害者の人と接したことがなかったから、思いがけず自分のお腹の中からダウン症児が生まれて相当に動揺しているけれど、娘にとっては息子は生まれたときから、この弟。唯一無二の存在。
そう思うと、私が受けとる感覚とは違う感覚を感じながら成長するのかもしれない。
それを親の私が、それも私の価値観で「かわいそうだ」と決めつけるのは違うような気もする。
娘が息子を呼んだこと。
息子がダウン症という身体を選んで生まれてきたこと。
ホントにそうなのであれば、私が必要以上に心配するのは違うのかなっと思えてきたりもする。
それぞれ、人はみな自分の人生を歩むためのポテンシャルをもって生まれてきているとしたら、それは息子にとってダウン症というのはそんなに重たいことではないのかもしれない。
娘にとって弟がダウン症というのは私が思うほどに重たいものではないのかもしれない。
もちろん、思春期などの繊細な時に辛いことがあるかもしれないが、そこにはちゃんと親として向き合いたいと思うけれど、必要以上に親が心配するのは違うのかもしれない。
以前何かで聞いた話、子供は親にずっと心配されながら育つと、その潜在意識下に「自分は心配されうる存在」だという認識が
植えついてしまうのだとか。
「私は大丈夫だろうか」「私は常に人に心配してもらう対象である」というイメージが付くということ。
そして、その結果として自分に対して自信が持てなくなってしまう、と。
わからないでもない気がする。
それならば、親はおおらかに信頼して見守って育てる方がいいように思うのです。
今の娘と今の息子が楽しく幸せで過ごせていることが何より。
息子はきっとダウン症をいうハンデを背負っていけるだけのタフさを身に着けているんだと思う。
聞くことによると、ダウン症児は幸福感が高くて、いじめとかいう概念がないのか、もし自分がいじめられていても、いじめられているという感覚にならない、というのです。
ホントかな!?
その真相はわからないけれど、これが真実なら、これも一つのタフさと言えるのかもしれない。
そして娘もまた、弟のことで嫌な思いをすることもあるかもしれないけれど、きっと最終的にはそこからたくさんのことを学んでくれるのではないかと思ったりもするのです。
最終的には自身の幸せは自身で掴んでくれると思います。
子供たちのポテンシャルを信じること。
そして私は私の心を整え、前向きに楽しく生きていくこと。
それが私のやるべきことかと思うのでした。