2022年6月5日(日)

 

今日の筑西ぷらぷらの目的。

「生誕150年記念 板谷波山の陶芸~麗しき作品と生涯~」

という陶芸展示会。

これは、筑西の情報を発信してくれている臣さんの情報。そして、ボンネットバスのイベントも臣さんのブログで知ったもの。臣さん情報ありがとうございました。

 

板谷波山氏は、益子焼で有名な人間国宝、浜田庄司の師匠だと知り、そしてその美しい作品の紹介を見て、一度本物をと思い、廣澤美術館(ヒロサワシティ内)に来たこの日。ヒロサワシティが楽しすぎて、一瞬、目的を見失ったゲラゲラ


板谷波山(1872~1963)

 

ニコ『筑波山の山々からとった名前なんかな?』

ムダに知識があるダンさん、名前の由来をどんぴしゃ当てる。

 

 

 陶芸家の板谷波山(いたやはざん)は、1872(明治5)年、茨城県真壁郡下館町(現、筑西市)に 生まれる。本名嘉七。生家は醤油醸造業の傍ら雑貨を商う旧家。

初め「勤川」を名乗り、故郷を流れる五行川の別名「勤行川(ごんぎょうがわ)」から。のちに「波山」となり、故郷の名山である「筑波山」に因む。

19世紀末~20世紀初頭に欧州で流行したアールヌーボーのデザインを採り入れ、光を閉じ込めたような幻想的な焼き物で知られる。1953年、陶芸家として初めて文化勲章を受章した。

 

今回は下館美術館、板谷波山記念館、廣澤美術館、の三か所で同時展示。

全部回るのは大変なので、廣澤美術館で観覧することにしてヒロサワシティにやってきたのだ。

 

波山は61歳から19年間にわたり、故郷の80歳以上の高齢者約260人にハトの飾りがついた「鳩杖(はとづえ)」を贈り続け、高齢者の家を一軒一軒訪ね、直接本人に渡したという人間的にも魅力的な人だったらしい。

 

そのお人柄が作品に出てるのでしょうね。

色合いが優しくて華やか。

 

 

大作。

これはフキのデザイン。

白い蕗がマッスになって、ほのかなぼかしがまた優しい。
 

 

繊細な模様。

以前、伊万里焼と有田焼を見て来たけど、もっとはっきりした色調だった。

絵柄だけでなく、模様さえも優しい色。

 

 

地模様はよく見えないけど、フォルムがやっぱり優しくて、いずれの作品も波山の優しさが出ている気がするねぇ。

 

波山は四つ葉のクローバーのありかを覚えておき、女性が訪ねてくると、偶然見つけたように摘んで差し出したというエピソードがあるフェミニスト。

作品も女性に人気がありそう( ´艸`)

 

師弟関係であった浜田庄司と板谷波山。

力強く朴訥な益子焼の作品の浜田庄司とはずいぶん違う。

師弟関係でもこんなにも作風が違うものなのか~・・・

芸術の世界はわからない。

こちらは比較的、力強さも感じるが。

 

それぞれ、自分の感性で道を歩む結果なのだろう。

ほんとに、波山の作品はキレイスター

 

芸術的センスがないのえまろ夫婦。でも、誰が見ても、「ステキね~花」と楽しめる作品ばかり。

 

そういえば、父が亡くなってから、浜田庄司作の益子焼の購入領収書が出てきたが、いまだに浜田庄司の作品がどれなのかわからない。いまだに謎のまま。芸術オンチののえまろ家うーん

 

筑西ぷらぷら@板谷波山の麗しき作品たち。