side M
終業のチャイムが鳴る。
僕は手早く荷物をまとめて席を立った。
「何だよ、真緒。
随分急いでるじゃないか。」
「うん。今日はバイトだから。」
隣では、友人がまだゆっくりと帰り支度をしている。
「ふーん。
何だかやけに嬉しそうじゃん。」
「えっ。そうかな?」
今日は大祐さんは来るかなと考えていると、自然と顔に嬉しさが表れていたみたいだった。
無意識に両手で頰を押さえる。
「ま、楽しみながら仕事できるのなら何よりだけどね。」
友人が意味ありげにニヤッとする。
もしかして、何か勘づいてる?
「そうだね。
あ、早く行かなきゃ。じゃ、また明日。」
友人に突っ込まれる前に、僕は早々にその場を後にした。
確かに。
大祐さんに会えると嬉しくなる。
逆に、会えなかった時は明らかにガッカリしてしまう。
いつしか僕は、彼に会えるバイトの日を心待ちにしていたんだ。
「こんにちはー。
お疲れ様です。叔父さん。」
いつものように店のドアを開けて、叔父さんに挨拶をする。
と、そこに居たのは・・・
「真緒くん!
こんにちはー。久しぶりね。」
叔父さんの一人娘の香凜(かりん)ちゃん。
僕のいとこだ。
今年から高校生の香凜ちゃんは、歳が近い事もあり、子どもの頃からよく一緒に遊んでいた。
最近はお互いの受験や進学で、なかなか会う機会がなくなっていた。
「香凜ちゃん。久しぶり。
あんまりここに来る事ないのに、どうしたの?」
「家の鍵を持って出るのを忘れちゃって。
お父さんに借りに来たの。」
「そうなんだ。」
叔父さんから鍵を受け取った香凜ちゃんは、
「早く帰らなくちゃ。
これから、友達が来る事になってるの。
じゃ、真緒くん。またね。」
急いで店のドアへと向かった。
それと同時に外からドアが開き、お客さんが入ってきた。
あっ、大祐さんだ・・・
「あっ、ごめんなさい。」
「いえ、大丈夫です。」
ぶつかりそうになり、香凜ちゃんと大祐さんが顔を見合わせてお互いに頭を下げる。
その後に店の中に入って来た大祐さんに、
「いらっしゃいませ。」
僕は嬉しさで笑顔になる。
「こんにちは。真緒くん。」
そして、大祐さんも笑顔を返してくれる。
そんな僕達を香凜ちゃんがチラッと見ていたようだけど、そのまま店を出て行った。
「お待たせいたしました。」
いつもの窓側の席に座る大祐さんに、いつものコーヒーを持って行く。
「ありがとう。」
大祐さんが僕を見上げて微笑む。
これもいつもの光景になりつつある。
「前から気になってたんだけど、この写真って・・?」
大祐さんが、店内に飾ってある写真を見遣る。
「僕のおじいちゃんが撮ったものです。」
「そうなんだ。良い写真だね。
この店の雰囲気にも合ってる。」
「ありがとうございます。
ここのレトロな空間に、モノクロの写真がよくマッチしていると僕も思ってるんです。」
大好きなおじいちゃんの写真をこんなふうに言ってもらえて、それを二人とも同じように感じている事がとても嬉しかった。
「そっか。真緒くんが写真を撮っているのは、おじいさんの影響?」
「はい。今僕が持っているカメラは、おじいちゃんの物だったんです。
僕もおじいちゃんのような写真を撮りたくて。
全く素人の趣味なんですけどね。」
「そうなんだ。
真緒くんが撮った写真、俺も見てみたいな。」
大祐さんが、期待を込めた目で僕を見つめる。
「えっと・・。」
「今度の週末、あの公園に行こうと思うんだ。
良ければ、その時にでも・・・」
尚も僕を見つめる大祐さんに、
「あ、はい・・。
僕も行こうと思ってたから。
じゃ、その時に・・・」
そう、返事をしていた。
「良かった。」
僕がそう言うと、大祐さんは目がなくなるくらいのクシャっとした笑顔になる。
ああ、この笑顔。
好きだなぁと思う。
「じゃ、また公園で。
ごちそうさまでした。」
「ありがとうございました。」
コーヒーを飲み終わり、大祐さんは店を後にした。
僕は大祐さんが出て行ったドアを見つめながら、
初めて、約束して彼に会うんだ・・・
先程までの会話を思い出して、思わず笑みが溢れる。
そして、まるで初めてデートの約束をした恋人同士のように胸が高鳴っていた。
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こんばんは
距離が近くなった二人。
会える事がどんどん楽しみになっていきます。
店内に飾られたおじいちゃんが撮った写真をきっかけに、真緒くんが撮ったものも見たいと言う大祐さん。
あの公園で会おうと約束します。
今までとは違い、初めて約束して会うという事に心が弾む真緒くんです。
次回へ続きます。
お付き合いよろしくお願いします