喧嘩した日の次の日、愛美と響葉は次のライブのために練習しに行ったが
昨日の出来事があって、二人は、動きが少し遅れたり振り付けもわずかに遅れる。まるで身に入ってなかった。愛美は軽く舌打ち。響葉も眉をひそめる。
昨日のことが頭をちらつき、二人の集中はどこか途切れがちだった。そんな空気がレッスン室に漂っていた

「響!燐道!何ぼーっとしてるんだよ!ライブ本番にこんなんじゃ絶対ダメだぞ!そんな調子で行く気か?」
そんな二人を見た振り付け師がいきなり曲を止めた後、そう言って腕組みをした
「「……っ、す、すみません…」」
振り付け師の怒声に、愛美と響葉は思わず体が硬直する。すぐにハッと我に戻して、謝った
「…はぁ、とりあえず響と燐道は休憩しろ、いいな?…ほかの奴もだ」
振り付け師は腕組みのまま二人をじっと見下ろしていたが、すぐにため息をつく。
「響と燐道の奴、大丈夫かな…薄塚、なんか知らないか?」
二人がずっと変だと気付ていた稲坂は隣にいた玲哉に聞いた
「え、いや…知らんな…。いつもはミスなんて少ないのにな…絶対なんかあったんちゃう?」
玲哉は〝うーん〟と腕組みして考えた末、首を横に振った
「西園寺は?なんか知らない?」
水分補給してる葵唯に稲坂は肩をポンと叩いた
「え?知らないよ?…ただ、響に対しては…どうせ糸瀬のことだろ」
そう言われた葵唯は笑いながら軽く肩をすくめる
(確かに、響はわかるが…滅多にない燐道がここまで集中してないのは初めて…)
「まぁ、そうだな…後で聞くよ」
稲坂は軽く眉をひそめ、休憩中の愛美と響葉をちらりと見やる。しかし、声をかけずにそのまま様子を見守ることにした。無理に干渉すれば、逆に二人の集中を乱すかもしれないと思った。
すると…
「よし、響と燐道以外は練習戻って」
手をパンッと叩いて振り付け師は、声を張り上げた
「「「はい」」」
その声で、稲坂、玲哉、葵唯は曲に合わせて練習を再開した。部屋には声や手拍子が響き、再び練習の空気が満ちていった。一方で、愛美と響葉はまだ休憩…。
「……チッ。」
休憩していた愛美は立ち上がりレッスン室から出てしまう
(昨日、そのまま…俺はホテルで泊まったし…ホンマ何してんのやろな…)
「…あかん、集中しなあかんのに…」
ベンチに沈むように座っていた響葉は、鏡に映る稲坂たちの動きをぼんやりと見つめる。頭は昨日の喧嘩のことをぐるぐると巡っていた
「くそ…はぁ…休憩したら、ちゃんと集中せな…」
響葉は顔を手で覆い、小声で自分に言い聞かせた。
この後、休憩し終わって愛美と響葉は集中出来ないまま練習再開した。
ーーー練習後ーーー
「よし、みんなお疲れ。空のペットボトルまとめて」
稲坂は軽く体を伸ばしながら、疲れた顔を見せつつ玲哉と葵唯に声をかけた。
「あー…疲れたわ…でも同時に楽しいけど…」
「お前、相変わらずだな…」
「まぁまぁ、西園寺。楽しいのはいい事だよ」
(燐道が響と話してるな…終わったら声かけるか…)
やり取りをしながらふと後ろのベンチに目をやると、愛美と響葉が肩を落として座っていた。
「はぁ…今日、集中出来んかった…」
(このままやといけんのにな…ダメやわ)
「こっちも出来なかった…お前んとこの犬は…最近変わったことあったりする?」
愛美は髪の毛を掻き上げ、飲み物を飲んだ
「…え、昨日飲み終わった後…家に帰ったら瑠依…糸瀬と居ったんよな…しかも…二人にして、なんか隠してるし…」
そう言いながら頭を掻き、笑う響葉
「…やっぱりそっちに居たんだな…何してた?あいつら」
そう言った後に愛美は、ふっと鼻で笑った
「いや…本人たちは〝なんもしてない〟って言うてたけど怪しかった」
そう言ったあと、響葉は笑わなかった。手に持っていたペットボトルを、ぎゅっと握り直す
「こっちも俊にそう言われてたけど、なんか怪しいんだよな…今日LINE来たけど…さすがにまだ信じられない…俺」
軽く肩をすくめるが、その声には力がない。ベンチに深く腰を沈め、背もたれに頭を預けて天井を見上げた
「俺らはあいつらのこと信じたいねんな。浮気してるとか、考えたない。でも何も言われへんままやと、勝手に考えてまうな」
(それのせいで…ミス連発してもうた…)
ペットボトルを握ったまま、視線を床に落とす。
「…分かる、俺も同じ。疑いたくないし、信じたい。でも、向こうが何も言ってくれないと…な…」
愛美はペットボトルを見つめながら、低音でそう言う。
「せやねん…。なんかあるんなら…恋人に言うやろ…普通」
響葉は顔を上げず、指先が、ぎゅっとペットボトルを凹ませる。
「それな…そろそろ俺、もう帰るわ。稲坂さんたちに言っておいて?体調悪くなったって」
そう言って愛美は手荷物を持ってレッスン室から出た
「燐道、大丈夫か?」
愛美が出て行った後、片付け終わった稲坂は響葉のところに行って心配そうな表情で声を掛けた
「…あ、稲坂さん…大丈夫やで?あ、あいみんが体調が悪いから先に帰るて」
そう言われた響葉はなんもないようにそう言った
「響、先に帰ったのか。で?燐道はどうしたんだい?練習中、身に入ってないようだったけど…何かあったの?」
稲坂はそう言ったあと、響葉の隣に座った
(ここで嘘をついてもこの人にはバレるしな…)
「え…あー…いや、ちょっと昨日瑠依と揉めただけや…」
図星を突かれて一瞬、黙ったが〝稲坂さんに嘘ついても無駄〟と思い、響葉は正直にそう言った
「成海と?なんで揉めたの?」
「……瑠依が浮気してる、かもしれへんって思ってもうて」
そう言い切ったあと、響葉は俯いたまま動かなかった。
「あー……ここだと、ちょっとな、少し外出よう。静かなとこで話そうか」
(まさかな。成海が浮気とかないと思うけどな…)
響葉のその言葉を聞いた瞬間、稲坂は一度だけ視線を逸らした。
周りにはまだ自連してる葵唯たちが居たから、響葉の腕を引っ張って外に出た
「ちょっ…い、稲坂さん…っ!」
いきなりのことで響葉は驚いたが、素直に稲坂に着いていった
「ここなら…話せるか、で?浮気ってなんだい?」
近くの公園に着いた響葉と稲坂は、街灯の下、ベンチに並んで座った。稲坂はそう言いながら首を傾げた
「さっき言うた通り…もしかしたら、瑠依…浮気してると思う」
そう言った瞬間、響葉は膝の上で指を絡めた。視線は地面のまま、顔を上げない。
「……え?成海が?なんでそんなこと思ったんだ?」
(あの二人が浮気なんてする子には思えないよな…。なんかあるんだよな…きっと)
稲坂は思わず声を漏らし、響葉の方を見ながらそう言った
「昨日な…飲み終わって家帰ったら、瑠依と糸瀬がおってん。二人きりで、なんか俺に隠すような態度で…聞いても“なんもしてない”の一点張りやった」
響葉は、膝に肘をついて、両手で顔を覆いながら震え声でそう言った。
「そうか…成海と糸瀬が、ね…。説明、なかったのかい?」
「……なかった。あいつ…瑠依がそんなことするタイプちゃうって、頭では分かってる。でも……何も言うてくれへんと、勝手に悪い方に考えてまう」
(稲坂さんに、困らせてるよな…これ。でもひとりで…なんも出来ん)
顔を覆ったまま響葉はそう言った
「……それで、昨日はどうしたの?」
稲坂は急かさない。ただ、隣で姿勢を少し崩して、真正面から向き合うように座り直す。
「何も言われへんまま、俺が勝手にキレてもうて。で……家、出た」
その一言に、響葉は小さく肩を震わせた。顔を上げ、苦笑いにもならない表情で稲坂を見る。
「え、ってことは昨日はホテル泊まり?」
稲坂は言葉を放ったあと、少し首を傾げた。眉を軽くひそめ、驚きや困惑を表に出しつつも響葉の顔色を伺う。
「…うん。家におったら…瑠依のこと傷つけてしまうかもしれないし…」
響葉は一度だけ唇を噛んでから、言葉を探してそう言った
「なるほどな……。考える時間が欲しかったんじゃない?燐道」
稲坂は少しだけ間を置いてから、低く落ち着いた声で言った。
「……そうかもしれへん俺、信じたいだけやねん。疑いたいわけちゃうもん」
響葉はそう呟いて、ベンチの背もたれに体を預ける。
「だったらさ…成海のことを信じて待ってみればいいじゃないか」
稲坂は低く呟き、少しだけ顎に手を当てる。
「信じたいねんで? 瑠依のこと」
(信じたいけど、悪いほうにいくんよ…なんも言わんからあいつら)
視線を外し、街灯の光を見上げたまま言う。
「なら燐道、君はどうしたいのかい?このままだと変わらないと思うが…?」
(今日、帰らして…成海と話せるようにしないと…)
そう言われて稲坂はため息をついて首を傾げた
「昨日の今日で…まともに話せる気がしやんよな…。稲坂さん…家泊まらせて?」
立ち上がってから〝なぁ…〟と稲坂に申し訳なさそうにそう言った
「え?おじさんはいいけど…帰らなくていいのか?」
〝うーん〟と考えた末、稲坂はニコッと笑った
「うん、まだ考えたいんや…だからお願い…」
苦笑いしながら響葉は頭を下げた
(参ったな…あ、でも輝春がいるからあの子なら何か知ってるかも)
「いいよ。でも家に輝春がいるから…何か知ってるのか話したら?」
ふぅ…とため息みたいに息をついて響葉の肩に手をポンと叩いた
「わかった。面倒を掛けるな…稲坂さん」
ポンと叩かれた響葉は顔をあげ、どこか安堵をした
「いいよ。じゃ行こうか」
クスッと笑い、立ち上がって稲坂はそう言って歩き始めた。続けて響葉も歩き始めた。こうして二人は稲坂の家に向かった