6年前に癌で母を亡くしました。
享年55才でした。



母に癌が見つかった時には既にステージ4で手術ができない状態でした。

選択肢は、僅かな可能性を信じて抗がん剤治療を試すか
または、治療せず、緩和ケアをしながら余命を過ごすか。

余命は3ヶ月〜半年とのことでした。



母はその場で治療しないことを選択しました。

私は本当は頑張って欲しかったけれど、母の意思を尊重すべきだと思い言葉を飲み込みました。

母の父もまた、癌で50手前でなくなっています。
抗がん剤で苦しむ姿を一番間近で見ていたのが、母だったと聞きました。



「目に焼き付いているの。もし自分が癌になったら治療しないとずっと前から決めていたの。分かって。」


狭いカンファレンスルームの中で、隣に座る母の腕にすがりながら泣きじゃくる私に母はそう言いました。


「泣いて欲しくない。私は怖くないのよ。」


そうも言いました。

そこから母の前で泣かないようにしました。




4ヶ月後。


母は亡くなりました。



母と過ごした4ヶ月間のことは、まだ昨日のことのように全ての瞬間を覚えています。


「目に焼き付いているの。」


母の言葉の意味がやっと分かります。
母の選択の重みがやっと分かります。



母が亡くなってから、私は病気に対してすごく神経質になりました。

少しの体の変化に過敏になり、インターネットで検索しまくり、一番悪い予測を立てては、そうかもしれない、きっとそうなのかも、どうしようどうしよう、怖いよ怖いよ、と一人苦しくなります。



今回、健康診断の結果を見た時にもかなり動揺してしまいました。
一気に母のことがフラッシュバックされ、自分もきっと母と同じになるんだ、とパニック状態になってしまいました。
精密検査を受けてください、と言われただけなのに怖くて怖くて仕方がなくなってしまいました。


今の時点で騒いでも仕方がないとは分かっています。
大げさだし、意味もないことも分かっています。
でも怖くて怖くて仕方がありませんでした。
ただもちろんこの時点で家族に心配をかけたくもないので、この不安は心の中に留めておこうと思っていましたが、、、夜に帰ってきた夫と話すうちにその気持ちかブワッと出てきてしまいました。
見えない幽霊に怯える子供のように、泣いて震えてしまいました。
自分でも馬鹿だなぁと、思いますが。。。



以前の夫婦関係であれば、こんな風に気持ちを露わにするなんてこと無かったと思います。
きっと受け止めてはもらえないと諦めていましたので、自分が傷付くだけです。



母が亡くなった時も一人で我慢しました。



今回泣いて話したときに、初めて夫は母を亡くした私の悲しみや不安が未だに続いていることに衝撃だったようです。



あのときもその前からもその後からも、一人にしてごめんね、ごめんね



と何度も何度も言いました。
あんな風に嗚咽を漏らして泣く夫を初めて見ました。



許さなくていいから。
これからは大事にする。



信じたいな、と思いました。