(2023年に書いた記事の内容を再編集して投稿しています)
===
心配とが不安がベースの母親に育てられるとどうなるか。。。。。
私のようになります。。。
(体感の位置は低め安定、とにかく無気力、常に将来の不安ばかり)
全部が全部、母親のせいではないけど、幼少期からとにかく制限が多い生活。
母親の意向に従わないと生きていけないと思ってました。
あれはダメ。
これはダメ。
ああしなさい。
こうしなさい。
全部お母さんに言いなさい。
あんたには無理なんだから。
あんたには出来っこないんだから。
毎日こんなような事を言われながらの生活。
そこから少しでもはみ出すと怒られるし無視される。
安心して暮らせる家庭の中のはずなのに、いつも母親の機嫌をうかがって生活する毎日。
とにかく母の機嫌を損なわないように。
怒らせないように。
だから私は私のやりたい事や言いたい事を、自分の気持ちも全無視して生きてきた。
波風たてずに暮らしていくのは「何もしない」ことが一番。
何も考えず、何も言わず、言われたことだけをやる毎日。
私には無理。
私にはできない。
私には選べるような道はない。
大人になってもずっとそこから出ることなく、従い続けて生きてきました。
ここから出れるなんて思ってもみなかったし、むしろそこにいる方が何も考えずに言われたことだけやってればいいから楽になってた。
自分で自分の人生を変えるなんて出来ないと思ってた、本気でそんなことを私が出来るなんて思ってもみなかった。
パッとしない私の人生、変えることのできない日常。
私に用意されてる道は平々凡々以下で、すべてがそこそこで終わっていく毎日。
結婚でもしない限り実家からは出られない。
母親からも逃れられない。
1回目の結婚も、2回目の結婚もそこから抜け出すためにしたような部分も大きい。
実家から、母から逃げるように結婚したけどどちらも続かず。
言葉にならない苦しさ、寂しさ、辛さが常に私を支配していた。
もう自分ではどうしようもない、どうにもならない、だから自分以外の誰かにどうにかしてもらいたかった。
そしてずっと思っていたのは、「違う自分にならないと」私の人生は絶対によくならない。
違う自分になったら人生よくなる。
違う自分になったら楽に生きれる。
違う自分になったらお金が稼げる。
違う自分になったら楽しく生きれる。
違う自分になったら・・・・・・。
今になってみればよくわかりますが、違う自分にはなれません。
私は私。
どんな場面でも、どんな人の前で装っていてもすべて同じ私。
お母さんはお母さんで、おばあちゃんからきっと色々と言われて育てられてきたんだと思う。
きっとおばあちゃんも心配性で、たくさんの制限を自分で設けて、その中で精一杯生きてきたんだと思う。
今となってみれば、そういうもんなんだとわかるけど。
母親や、おばあちゃんもそうだったかもと想像すると泣けてくる。
未だに母親に対しては沢山の複雑な気持ち、決して解決されない思いをたくさん抱えている。
でも、もうどうにもならないのだ。
だってそれがお母さんだから。
何度もそう思ってきたけど、やっぱり複雑な気持ちになる。
解決できない、解消されない、完全に不完全燃焼な母親に対してのこの気持ち。
どうにかしようとするのは無理だし、母は変えられない。
複雑でやり場のない母へのこの気持ちは私の心に置いておかなければならない。
しょうがないけど置いておく。
ことあるごとに思い出してはやりきれない気持ちになる。
やりきれなくなるたびに、「あぁ、私はそう思ってるんだな」と自覚するしかない。
それだけ。
母親を変えることは出来ない。
心配と不安で構成されているのが私のお母さんだから。
この先、この気持ちがどういうふうに変わるかはわからないけど。
お母さんに対して色々とあるかたたくさんいると思う。
長々と書いたけど、大事なのは。。。
相手は変えられないって事です。
変えられるのは自分だけ
