古巣に還ります。今後もよろしくお願いいたします。

http://ameblo.jp/lokihouse/
今日は久しぶりに充実した一日だった。大学院も授業が始まり、履修の関係から5コマ中3コマが木曜日に集中している。2限にピューリタニズム、3限が基礎演習(文学批評入門)、4限がシェークスピア(As you Like It)となっているが、まだ最初の授業ということもあり、まだ忙しさこそ感じられないが、学部の授業よりも先生方の熱意が伝わってくる(?)ぶんやる気がでる。

それにしても、今日でいきなり2つのバイトが決まった。一つは史学科の教授がコミュニティーカレッジで行う授業のアシスタント(6月に4回)であり、もう一つはお世話になっている先生方が翻訳されているある研究書の細かい用語チェックのバイトだ。まぁなんと大学院生らしいバイトではないだろうか。コミュニティーカレッジの授業に関しては、何やら中国の古い家訓を漢文で読むという授業らしいが、英語で書かれた研究書があり、該当箇所を事前にすべて翻訳し、授業で紹介して欲しいのだと言う。早速60ページほどの英文が渡されたので、来週までに内容を理解しておいて欲しいとのこと。大変そうだとは思ったが、参考までにと漢文も渡され、これよりはマシだなと自分で自分を説得・納得。一方、翻訳書のチェックは大部分は機械的な作業になるが、本邦初訳になるその研究書(よくもわるくも50年ほど前の発売から今まで、アメリカ文学研究では古典中の古典となっている)の出版作業に参加できるというだけでも嬉しいものだ(まぁさすがに翻訳を手伝ったわけでもなく、用語のチェックだけなので、自分の名前が謝辞にのる気配はないが)。アシスタントもチェックも、どちらも専門分野になんらかの形で関係しているのでやりがいはあるが、腰が痛くなりそうな予感がするのだけはどうにかならないかと思う。

そういえば、誕生日が近い。普段から何かと付き合いのある友人2人(後輩だが、うち1人はこの春から修士一年の「同級生」となった)が、予想外の誕生日プレゼントをくれた。去年の夏に冗談で言っていたあの計画がまさか実行にうつされたとは・・・都合上、誕生日当日のお楽しみにしておこうと思うので、具体的な内容は今は書けないのが残念だが、今までの23年間でもらったことのないタイプのプレゼントだっただけに、誕生日が早くこないかとわくわくしている。ドロシーは仕事があるため誕生日は基本独りで過ごすことになりそうだが、今年は良い一日になりそうな予感がする今日この頃である。



今日はぱらつく雨の中、講師としてのアルバイト面接のため、参考書も出している某予備校講師が塾長の私塾へと向かう。詳しく書く元気がないが、どうやら相当の「右翼思想」の持ち主のようである。私塾の入り口には天皇の掛け軸、奥にはちいさいながら日本国旗が飾られていた。後で調べてみればでてくるでてくる、「オカルト」「霊魂崇拝」といった彼を形容する言葉の数々。今日丸善で彼の著書を二冊のぞいて見たが、一冊はそれなりに売れていそうな受験参考書であり、もう一冊は明らかに「霊」と「英語」を結びつけた英語学習書・・・。

しかし、なんだか面白そうなのでとりあえず雇われてみようと思う。英語講師としてはまともな人だろうと思えたし、やってみないうちはわからない。まぁ何かが起こってからでは遅いかもしれないが。とはいえ、生徒が入ってくる時期との関係から、実際働き始めるのはまだ少し先のようだ。史学科を卒業し京都に移動、今日はたまたま就活で上京して来ていた友達に、自分でさっそく調べた資料をみせたところ、予想通り、「いやー○○会と○○会の会員とか、もろ右翼ぢゃがー!!!」と、彼が興奮する要素としてはどんぴしゃだったようだ。まぁ親に話したところやめとけとは言われたが、英語講師としての彼とどこまでそういった右翼思想が関係しているかわからないうちは、とりあえずここでバイトをしてみようと思う。なんにしろ何か面白いことが起こるんぢゃないかと期待ができるだけ幸せな今日この頃である。
まだ一ヶ月も経っていないが、ずいぶんブログを更新していなかったように感じる。ここ最近の心境の変化のめまぐるしさからなのか、大学学部の卒業とその前後の忙しさからくる疲れのせいなのか。つい先日の卒業式では、5年前の入学式の時のような緊張もなく、すべてが落ち着いていくような心境だった。卒業論文に賞をいただくことができた。副賞として図書券5000円分。以前いただいた成績優秀賞の7万円分の図書券はいつのまにか使ってしまっていたので、この5000円は何か思い出せるような使い方をしたい。

卒業式の次の日には、恋人と、その彼女の卒業式のためにはるばるアメリカから来た家族の人たち6人と、自分の故郷岡山へと「旅行」した。高齢者もいる家族をたかが一泊の旅行のために新幹線に乗らせてしまうことも初めの頃は申し訳ないような気がしていたが、倉敷の白壁の町をはじめ、瀬戸大橋などの観光は予想以上に楽しんでもらえたようだった。気を逸らすとばらばらになってしまいそうなエナジェティックなご家族だったので空港に見送ったときにはすっと肩の荷が下りる思いもあったが、普段大勢と行動を共にすることがない自分だけになんだか夢が覚めるような、少しさみしい思いがしたこともたしかだった。

明朝大学院の入学式を迎え、学び舎こそ学部と同じものの、2年という期間の短さを知っている今の自分には戸惑いがないわけではない。修士(博士課程前期)に進学すればとりあえずは学者の卵とみなされてしまう。本当にこれで良かったのか正直疑問が残る。本当は大学院には進学せずに、一年くらい放浪の旅をしたかった。今でも本当はそうだ。石川直樹さんの本を読んでいると、ただ「勇気がない」自分が疎ましくなる。

修士を終えたあと、本当に何がしたいのだろう。