みいみいにはとっても×100かわいい弟がいる。

7歳年の離れたかわいい×100弟だ。

お互い年をとり、世間からしてみれば

みいみい弟は決してかわいいとは言えない年齢とナリだ。

でも、みいみいにとってはいつまでたってもかわいい弟なのだ。

そして、自慢の弟なのだ!!

『おねいちゃ~ん、おねいちゃ~ん
。・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。』と

泣きながら私の後ばかり追っていたチビちゃんも

姉の私が言うのも何だが、端正な顔立ち・頭脳明晰・運動神経抜群。

今は身長183cmを越えるたくましい青年に成長しました。

かなりいい仕上がりだ
( ´艸`)

それが、主題と何の関わりがあるのか?

私の母は青森生まれの青森育ち。

ケンミンショーでもビックリするが

狭い日本でも全国各地でこうも文化が違うのか…と。

特に食文化はおもしろい。

我が家の茶碗蒸しは甘い。(青森県民がみなそうではないと思うが…)

具財は、しいたけ・ぎんなん・たけのこ・ブラックタイガーえび・さやえんどう

でっかいまあるい棒のお麩を輪切りにしたものetc…

そして必ず入っているのが『栗の甘露煮』各碗に丸々1個。

昆布、鰹節、しいたけからとったダシに甘露煮のシロップを

加え蒸しあげるのだ。

だから甘い。

これでみいみい3兄弟は大きく育ったのだ。

ある日の出来事。

みいみい一家と父ちゃんの友人一家と旅行に出かけた事があった。

にいにい12歳 みいみい10歳 弟3歳の時。

旅館の夕食のお膳につき物の茶碗蒸しが出た。

にいにいとみいみいは以前に父ちゃんから

『お母さんの茶碗蒸しは超オリジナルだ!
父ちゃんは母さんの茶碗蒸しが大好きだが
世の中には色んな茶碗蒸しがあるぞ。』と
寿司屋に連れて行かれた時に母ちゃん茶碗蒸し以外の
茶碗蒸しデビューを果たしていた。

しかし、みいみい弟はこの時がデビュー戦だった。

超熱々の茶碗蒸し!!

でも大好きな茶碗蒸しを目の前に

みいみい弟は我慢ができずパクッ

あちゅい~(((゜д゜;)))』

『おがぁ~さぁん・゚゚・(≧д≦)・゚゚・。
 まずい~、甘くないぃ~』

泣き叫ぶ弟。かなりのパニックだ!!

母ちゃんが
『ごめんごめん。。。ふ~ふ~してから食べようね。
 はい、ふ~ふ~、あ~ん』

弟の口に運んであげる×数回

無事、茶碗蒸しデビューを終えたかのように思えた。が…

『あ”あ”~!!』
絶叫する弟!!
『お母さん、ふーふーしながら
僕の栗、食べちゃった~(泣)』

とんだ濡れ衣である。

一般的に茶碗蒸しは甘くない。そして栗も入ってはいない。

昨日の夜、居酒屋で弟と一杯やった。

目の前で酒を飲みながら、甘くない、栗のない茶碗蒸しを

何食わぬ顔で食べている弟( ´艸`)

大きくなりました。大人になりました。

でも、いつまでたってもかわいいヤツだ( ´艸`)





かなりご無沙汰のブログ更新( ´艸`)

まあまあ…人間生きてりゃ色々あるさ。。。

実は…この数年間」は病との闘いの日々であった(・・;)


ある日会社の帰宅途中、突然の心停止により救命救急で一命を取り留め
その後も入退院の繰り返しの数年で今日に至る。

心身共に挙げていた悲鳴に耳を貸さなかった結果だ。

先日、やっと退院できたが、仕事への復帰はまだ医師により止められている。

この数年のうち
3度の心停止から
3度よみがえった。

つまり私は3度死んだ者である。


更に厄介なことにここ数年間の記憶が曖昧なのだ。

携帯のメモリー、メールをやり取りした内容、

自宅の洋服、本、会社の資料…写真に写る人々…。

比較的遠い記憶は覚えているのだが…

身近な物から、過去の記憶を手繰り寄せるのは些かキツイ。

ブログを開くのも怖かった。

久々に開いたブログは…なんとなく懐かしい気持ちだが
こんなエピソードまで忘れてしまい思い出せない苦しさから
ずっと更新出来ずにいた。

薬の離脱作用で幻覚、悪夢に悩まされ
手足のみならず全身の痙攣が激し<キーボドすら打ち込む事すら出来ない
日々がつづいた。

今は徐々に快方に向かっております。

しばらくロングバケーションを楽しみます。

そうそう、昨日はなんとなくブラブラあてもなく気分転換の散歩。

『今日はAKB48の総選挙か~』なんて…仕事のときは

TVなんて見たことなかったから…。

てくてく江古田の町まで足をのばしお散歩。

駅前で大きな看板を発見!!

 EKD48左矢印ただのキャバクラ( ´艸`)


画像は撮る勇気がありませんでした。。。

その乗っかり具合が笑える、

だれかEKD48にいかれたかたがいましたら

感想教えてくださいね~

と時を同じくして一つの『命』が散った…。


以前のブログにも登場した私のかつての上司が

4日前に亡くなった。


今年こそ、千鳥が淵の桜を見に行こう…と今年の

1月に約束したばかりだった。


彼は会社の定年を迎え家族と共に穏やかな日々を

送っていたものだと信じていたが…。

定年前からガンをわずらわっており発覚したときには

もう手遅れであるほど病気が進行していた。


桜の花が好きだった彼は1月に見舞いに伺った時に

『今年は…見ることが出来ないかも知れんなぁ…』

そうこぼしていた。


実は3月下旬に4月の第1週めの土日に花見に

行こうと彼の家族を通じての誘いがあった。


4日は結婚式にいかねばならず5日に約束していた。

ところが4日の午後に青森県に住んでいる伯母が亡くなり

式の途中から抜け青森に向かった。

当然、5日の花見はお断りするはめに…。


当日、上司は体調不良によりやはり花見には

行けなかった…と連絡をもらった。


残念だった。


私は彼の事をとても尊敬していた。

信頼していた。大好きだった。


『なつかない、なびかない、生意気なくそガキ!!』と

問題ばかり起こす私をみんなが持て余した新人の頃から

かばいつづけ、フォローしてくれた人。


私のやり方が我が社式ではない、そんなやり方では

確実な成果がみられる訳がないと頭っから全員に

批判されたプロジェクトも

彼が一言『やってみろ!後は俺が責任をとる』と言ってくれた。


がむしゃらに挑んだ。彼の為に、そして自分の為に。

固定観念を取り除き、色んなやり方があることを

証明したかった。


私は一番のぺーぺー社員でしかも営業職ではなかったが、

そのプロジェクトで期間終了後はダントツ、

ぶっちぎり1位の営業成績を叩き出した。


彼が一言『やってみろ』と言ってくれなければ

出来なかった事だ。


懐かしい。


ここの所、冠婚葬祭続きでバタバタしていた。

今月に入って結婚式2つ、弔問4つ…。


昨日は彼に最後のお別れをしに告別式の会場であるお寺へ。


春の暖かい日差しと髪だけでなく心まで乱すような強い春風。

ひらひらと舞い散る桜の花びら…。

桜吹雪の中、彼の棺が運び出される…。今、出棺の時。

もう寺のなかの桜は時が過ぎ、殆どが葉桜になっていたが、

寺の門の脇に一本だけ遅咲きの八重桜が満開の時を迎えていた。

どうかお願いだ。春風よ、せめて彼がこの寺を後にするまで穏やかに…。

美しい八重桜を散らさないでくれ…。

そう願いながら棺に手をあわせる。


今日はどうしても千鳥が淵に行きたくて九段下まで行って来た。

久しぶりに何事も無い休日だった。


桜は散ってしまった。

千鳥が淵も靖国も…。

さようなら…。

貴方に逢えてよかった。