私の人生再設計ストーリー、
前回の続きです。
「自分と向き合う」
よく聞く言葉だけれど
じゃあ一体、何をどうすることなのか。
当時の私は、
自分の人生に起きている「問題」を
ずっと「外側」に見ていた。
親がこうだから。
夫がこうだから。
あの人がこうしたから。
こういう環境だったから。
こんな出来事が起きたから。
もちろん、
実際に他者が起こした問題もある。
理不尽な出来事もある。
それを単にベクトルを自分に向きを変えて
「全部、自分のせいだった」
なんて言葉だけで雑に片付けたくない。
ただ、
それらの出来事に対して
私は何を感じ、
何を信じ、
どんな選択を繰り返してきたのか。
そこは
私にしか変えられない領域。
私はまず
これまでの自分の人生を
改めて振り返ることにした。
とはいえ、
これまでも散々やってきたと思っていた。
「え、インナーチャイルド?もうやったってば」
「親との関係も見て、向き合ってきたのに。また振り出し?」
長年かけてきた様々な学びと、
頭にこびりついた「知識や情報」
それらが逆に
「頭ではわかっている」で先に進まない。
あぁ、もどかしい。
私は
表面だけをこすって
「やっている」ような錯覚をして
本質的な盲点を、無意識に避けてきた。
見たくないものは、見ない。
痛いところには、触れない。
向き合うことよりも
「理想の自分」や「理想の未来」
といった願望にフォーカスすることで
(自分に向き合っているようなフリをして)
今の現在地を見ないようにもした。
そして、
また次の目新しいものを探そうとする。
耳障りの良いもの、キャッチーな言葉に
飛びつこうとする。
そうやって、外へ、外へ。
早くここから抜け出したい。
早く、もうこのパターン終わらせてほしい。
誰か、私を変えてくれ、その答えを頂戴。
時にはパワーストーンなどのグッズに
願いを託す始末。
(私の場合は現実逃避ツールになっていた)
もう、どれだけ私が迷走してきたかが
お分かりだと思います。汗。
また今までと同じパターンを
繰り返そうとする自分に嫌気がさした。
自分と向き合いたいのに、
「自分」に出会えないもどかしさ。
はぐらかされるような感覚。
もう匙を投げたいと思うことも、
しばしばあった。
でも
もう「火消し」を繰り返すのではなく、
「火種」を見つけなくてはならない。
そうしなければ、また形を変えて
自分が望まない現実を繰り返すような気がした。
もう、それだけはご免だ。
だから、
目の前で起きている現実には
現実として対処しながら、
私は自分に問い続けた。
私の中に、何がある?
何を怖れている?
何を信じている?
私は無意識に
どんな前提でこの世界を見ているだろう?
そうやって
自分の人生をもう一度見ていくと
一見バラバラに見えていた出来事の中に
何度も繰り返している
「ある感覚」があることに気づいた。
続きます。
