明けない夜はない | アメリカでしのぐウエイトレスのブログ

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バカヤロー!って叫びたいときだってあるんです…。

大きな災害のニュースを見るたびに、思い出す。



それまでの平凡な毎日を、暮らす町ごと失った。

帰る場所も、仕事も、すべて。


アパートは無事か? 家具は電化製品は? 本は?アルバムは?


持って出てきた数日分の着替えと、乗ってきた車だけが残ったのか?



次第に分かってきた、被災状況。


避難先のモーテルで、テレビを食い入るように見た。

ニュースで何度も映し出される、アパートのすぐ近くの冠水した量販店の映像。



いや、あれはうちの近所のじゃない。もっと離れたところにあるもう一件の方だ。


と、否定してみる。



見慣れた堤防が切れている。水が流れ込んだのはどちらの側か。





家に帰れる日は来るのか。





8月がくれば、ハリケーンカトリーナがニューオリンズを襲った日から、2年。


なんとか平凡な日々を取り戻した。




もちろん、私一人でここまできたわけじゃない。


アメリカ政府、公共機関の支援、友人知人の援助、見知らぬ通りすがりの人達の親切があって、今の生活がある。



そしてまた、ロスアンゼルスまでやってきて、被災した当事者や被災地周辺地域人たちと、遠く離れた土地の人たちとの温度差に気づき、勝手に傷ついた。



自分と全くかかわりのない、遠く離れた町の出来事は、いかに世紀の大災害であっても、毎日見聞きするニュースの一部でしかない、というあたりまえの事実を受け入れるのに、時間がかかった。





といって、それほど深刻になっていたワケでもない。


なるようにしかならない。


昔からそう思って生きてきた。



だから、


頑張れ


と言われるのは嫌い。



こんなに痛めつけられても、生きていかなきゃならないときに、


いったい何を頑張れというのか。これ以上何をしろというのか。


なるようにしかならないよ。



何かあるたび、そう言われるたびに、心の中で、反発していた。




こんなひねくれものでも、面倒くさがりでいいかげんでも、ここまでやってこれたのは、


私は、運がよかったのかもしれない。




でも、やっぱり


想像を絶する困難に直面している人たちに、


頑張って


と、言うのは苦手。




つらいのも悲しいのも当然、明日の生活が不安なのも、あたりまえ。


だから、頑張らないで。


目の前にある、与えられた仕事を一つ一つ片付けて、気がつけば、いつか平凡な日々を取り戻している。


晴れない空はないし、明けない夜はない。



これは、切なくて大きな問題を一つ、ニューオリンズに残したままの、私自身への言葉でもある。



中越沖地震被災者の皆様

心よりお見舞い申し上げます



みみ