心の時計 | アメリカでしのぐウエイトレスのブログ

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バカヤロー!って叫びたいときだってあるんです…。

私は、ある日の中休み、条件に合ったアパートのリストを作っていた。 明日の朝にでも見にいってみよう。 インターネットで目指す部屋の間取りを調べようと、マウスに手を伸ばしたとき、突然、家の電話が鳴った。caller IDを表示する画面にトモダチの名前があった。電話するな、って言ったクセに…。一瞬ためらって、そして受話器をとった。 もしもし、みみさんですか? トモダチは急いでいるようだった。そういえば、元夫もちょうど出勤したところだった。トモダチも家を出なければいけない時間ではないか。 携帯にメッセージ残して待ってたんですけど、もう行かなくちゃいけないので…。 私はあわてて携帯に手を伸ばした。電源が切れたままになっていた。 ごめん。電源入れるの忘れてたみたい。 トモダチは突然の電話を詫び、手短に、と用件を話した。 おやじが死んだんです。明日帰ってもいいことになって、チケットを取ったんですけど。また予約確認のためのメルアドが必要で…。 トモダチはその頃、コンピュータを持っていなかった。 みみさんのメルアドに送ってもらうことにしちゃったんです。ごめんなさい、相談なしに。多分、もう来てるはずだから、プリントアウトして仕事くるときに持ってきてもらえませんか。 え? お父さん、亡くなったの? いつ? 明日日本に行くの? いつ帰ってくるの? 私は、急な話に気が動転して、時間がないというトモダチを質問攻めにした。 5日後には帰ってきますから。 そう…。あの、大丈夫? とりあえずは。 トモダチは、大丈夫、とは答えなかった。 とにかく、もう行って。時間でしょ。ちゃんと持っていくから。 私は平静を取り戻して、そして、時間が気になった。 ありがとうございます。じゃ、あとで。 トモダチからお礼を言われるのは久しぶりだ。そして、会話らしい会話を交わしたのも久しぶりだと気づいた。私は電話を切った後、早速メールをチェックした。航空会社からのトモダチあてのメールは確かにあった。メールの中に予約確認番号があることを確かめて、プリントアウトした。それは、ついこないだもした作業だった。容態の悪化したお父さんに会うために、キョウコさんと別れるために、トモダチが日本に帰ったときだ。あれから6週間くらいたったか…。最期かもしれない、と会いに行ったのだから、また近々帰らなければならないだろう、とは言っていたが。

ということは。私は、あることに気がついた。私が家庭内別居を始めてからも、ほとんど同じ時間が経っている。元夫が私に、寝室から出ていけ、と言い放ったのは、トモダチが日本に帰っていたときだったのだから。6週間。長いようで短い。私は最初の頃、家庭内別居は半年も1年も続くものかもしれない、と思っていた。10年以上も連れ添った夫婦が、お互いの生き方を考え直すためには、それくらいの時間が必要だと、勝手に考えていた。だけど、気が短くて、すぐに白黒つけたがる元夫にしてみれば、ひどく長いものだったのかもしれない。この間にも、元夫はころころと主張を変え、あるときは、やりなおそう、と言い、またあるときは、早く出ていけ、と言った。それらすべてが、早く離婚したいという気持ちに私を駆り立てていった。時間をかけて、という、その時間の長短の感覚にさえ、私たち夫婦の間にはひどい食い違いがあったのだ。それは、元夫の責任ではないかもしれない。ただ、私の心の時計に合わせることなく、自分のペースに私が合わせることを強制しようとして、それによって、私の心がますます離れていったことが、元夫は理解できなかったのだ。なぜなら、そのやり方で、それまではうまくいっていたはずなのだから。そして、私が元夫に従うことを放棄したのは、自分のせいではないと、トモダチと私を貶めることで、自分に非がないことを証明しようとしたのだ。私は多分、結婚してからずっと、元夫にはまったく理解されてはいなかったのだ。私が自分とは違う感覚をもっている、別の考え方をもっている、自分とは別の人間だということに考えが及ばなくなっていたのか。だとしたら、ずっと元夫に歩み寄る形で結婚生活を送ってきた私の責任かもしれない。元夫の人の気持ちを慮るという感覚は、私のせいでマヒしてしまったのかもしれない。でも、もういい。このあいまいな結婚生活ももうすぐ終わる。アパート探しも終盤だった。ここに住むのは、そう長いことはないだろう。私は、トモダチに渡すメールのコピーをバッグにしまって仕事に出かけた。