2008年11月11日の日記から
熊本に住んでる両親に会ってから
高千穂に向かう旅行の途中
幣立神宮に向かいました
九州の真ん中、
へその位置にあると言われている神社です
熊本県玉名群にある両親の家を
朝5時前に出ました。
九州は夜明けが東京に比べて遅いです
まだ、真っ黒な空です。
九州自動車道、御船インターを降りて
445号線を東に、高千穂へ向かいます。
途中、
山都(やまと)町で「通潤橋」に寄りました。
通潤橋
1852年に造られた
灌漑用水を送るための水路橋です。
国指定重要文化財です。
飲み水にも事欠いていた白糸台地に水を送ったのだそうです。
1867年が大政奉還だから、幕末の時代です。
幕末と言えば佐賀藩の武士だった前世があり
ちょっと思い出していました。
幣立神宮
日の宮、高天原・幣立神宮
今回の一番良かった神社です。
私的には、いままで行った神社の中ではダントツ一位ですね。
高千穂に向かう前にどうしても行きたかったところです。
国道に戻り、道の駅「清和文楽邑」を過ぎて左にあります。
駐車場は右。
気を付けてないと通りぬけてしまいます。
それほど、ひっそりとしていました。
なんでも隠れ宮だったそうです。
朝の7時45分。
鳥居をくぐると、空気がさーと変わります。
ひんやりと清浄な空気。
いままで様々な神社で、必ず鳥居をくぐってきましたが、こんなにはっきりと変化したのは初めてでした。
次いで、遠くから雅楽の音色が聞こえたような。
ここは高天原神話発祥の神宮なのです。
大祓の言葉にある
「高天原に神留り坐す
皇親神漏岐神・神漏美命(かむろぎ・かむろみのみこと)以ちて」
という言霊の根本である
聖なる神宮なのだそうです。
主祭神
皇親神漏岐命(カムロギ)
神漏美の命(カムロミ)
大宇宙大和神(オオトノチ)
天御中主大神(アメノナカヌシ)
天照大神
錚錚(そうそう)たる神々の名前が並びます。
拝殿は神楽が奉納されるのか畳がひいてありました。
感謝と護国平和を祈ってきました。
現存するご神殿は享保14年(1729年)細川家によって改築されたものだそうです。
神殿右のご神木はアマテラスオオミカミの和魂(ニギミタマ)が宿るとされる巨檜(キョヒ)。
この頂上は高千穂と呼ばれ千本の稲穂で球体を作ったように見えていたそうです。
1991年の台風のとき拝殿に落下し、現在はこの根元の部分がまつられています。
本当に千本にも枝分かれした不思議な木でした。
境内には伊勢の内宮、外宮もあります。
おみくじ
霜いくたびおけど かれざる松が枝の
ときわの色の うつくしきかな
(神様に祈りなさい)
境内を回った後、もう一度参拝すると
「木の小さな鳥居」が視えました。(イメージで)
「えっ、鳥居ですか?もらっていいんですか」と自問自答していたら
「もっていきなさい」と金色の光とともに声がしたようでした。
社殿に戻り
帰りの石段を下るとき
「ことほぎの 」と聞こえました。
「寿ぎ」「言祝ぎ」
「あらたま ことほぎ」
「あらたま(の)」は枕詞で、
「あらたま」は「新年」のことになります。
「ことほぎ」は「お祝いの辞」です。
「新年のお祝い」=「謹賀新年」の意味になります。
お礼を言って帰ってきました。






